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初めて聴いたユーロビートで見事に踊る2歳児!

最近、ユリアが音楽を聴くと踊りだすので、ルパン三世のテーマのユーロビートバージョンをかけてみたら、踊りだしました。

ダンスなんて教えてないし、初めて聞いた曲­なのに、なぜかいいタイミングでポーズを決めているし、途中でテンポを変えたりしています。

最後のキメポーズには大爆笑でした。

マイカテゴリー: 一般
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1993年4月17日にメルボルンにやってきた僕らはそれから18年の間、節目節目で会ってきた

先日、オーストラリアで一番最初に友達になった親友アランが日本にやってきたので食事をした。アランとはブライトングラマースクールで出会った。僕は日本から、アランはパースからメルボルンにやって来てブライトングラマーに入学したのだった。最初の日、地理の授業でいきなりチンプンカンプンで留学したことを後悔していた僕の隣にいたのがアランだった。「ニホンジンデスカ?」と聞かれたのを覚えている。それから卒業までずっと一緒に多くのときを過ごした親友だ。

アランは今香港に住んでいる。その前は日本に4年間住んでいた。夏休みを利用して韓国人の友達と日本にバカンスにやってきたのだ。

アランが大学生のころ、毎年夏休みに日本に来ては僕のアパートに転がり込んでいたので、トータルで半年くらいは一緒に住んでいると思う。あまり女性に対して自信がなかったアランに、お前は日本人にモテる顔だと教えてあげて一気に人気者になっていく様も見てきた。

やがて社会人になったアランは日本に転勤でやってきた。息子のシンタロウが生まれたとき、一人で自宅で祝杯をあげていた僕のところに来てくれて、朝まで一緒に飲んでそのままシンタロウを見に行ってくれた。シンタロウにとって初めて会った僕の友達で外国人だ。




僕の4年前に出版した本の表紙をめくるとアランと僕がほかのオーストラリア人の友達と写っている写真が載っている。まあとにかく、お互いの長所も短所もカッコいいところも悪いところも、恥ずかしい思い出も全て知っている仲だ。

3年ぶりに会ったけど相変わらず愉快なヤツで、お互いがそう思っていることが感じられて、友達は友達だなと思った。

アランは、シンタロウとは物心ついてから会うのは初めてだったので、シンタロウの成長と英語力に驚いていた。シンタロウは全く物怖じせずに普通に会話していて、アランは僕が全く英語を話せないときから知っているので、今はその息子がペラペラと英語を話しているのが感慨深いと喜んでくれた。




頻繁に会わなくても、するべきことをして生きていればまた会ったときも変わらずに笑いあえる。アラン、また次のステージで会おう!



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マイカテゴリー: 日記
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成果が出てきました その2

こちらも僕が広島でやっているMMSJ英会話スクールの生徒さんの様子です。

2歳0ヵ月の女の子です。通い始めて6ヵ月目です。この子は体のパーツをほとんど覚えています。"elbow"や"under arm"とかまで覚えています。聞く方は僕の言っていることはほとんど理解しています。しゃべる方も、単語単語ですが、質問に対してしっかり答えてくれるようになってきています。この日は小さいカラフルなクマの人形で色を教えましたが、"Can you say BLUE?"と言えば"Blue"と答えますし、"Can you find BLUE?"と言えば青いクマを探して手に取ります。"say"と"find"の意味を完全に理解していることがわかりました。

一日5分から10分程度英語の時間を作るだけで高い英語力が身に付く英語子育ての方法を発見しつつあります。いずれまた本にできたらいいなと思っています。

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成果が出てきました その1

僕が広島でやっているMMSJ英会話スクールの生徒さんの様子です。

1歳10ヵ月の男の子です。通い始めて6ヵ月目です。僕の言っていることは完全に理解しています。最近少し発語が出てきて、"Open""I want"などの言葉は自発的に言えるようになっています。ご両親には毎日5分から10分程度の英語の時間を作ってもらっている以外は何もしていません。

1歳半から3歳0ヵ月までのお子さんなら、半年もすればこのくらいになることができます。目標としている50年後に日本人のほとんどが英語を問題なく話せる世の中に少しずつ近づいています。



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英語子育て、成功のための50カ条 その12

「英語の間違いを直すのは子どもの機嫌が良いときにしよう」


英語に限らず何にでも言えることかもしれませんが、「こうした方が良いよ」とか「これはこうするんだよ」というアドバイスをするときは、タイミングが大切です。

例えば、お皿の上で食べなくてボロボロこぼしてしまったり、無理やりお友達のおもちゃを奪ったりした場合には、その場で毎回叱る必要がありますが、英語に関する間違いを直すのは叱るわけではなくアドバイスです。ですが、言われた方は叱られたのと同じような気持ちになったり、自信を失くすきっかけになったりしてしまうときがあります。そうなると英語が嫌いになって、さらに間違えるようになるという悪循環になりかねません。

うちの息子もよく、過去の話をしているのに、現在形で話してしまうことがありますが、せっかく楽しい気分で話をしている雰囲気に水を差したくないので、話を一通り聞いて、その感想や返事を言ってから、「ところで、さっきこう言ってたけど、本当はこうだよ」と教えることが多いです。逆に話の出だしで間違えている場合はすぐに直す場合があります。例えば"I go to the park today."と言われたら、直後に"I went to"と指摘します。それはまだ会話が流れる前だからです。

日本語でもそうですが、会話がいいテンポで流れているときに場の空気を乱されると嫌ですよね。英語子育てをしていると、つい「しっかりとした英語が話せるようになって欲しい」という思いが強くなりすぎて、正しい英語を話させることだけに気が行ってしまいがちですが、それよりも親子で心の通った会話をすることの方が大切です。しっかりとお子さんの心にまで耳を傾けるのを忘れないでください。ときには間違いを指摘しないことも大切です。お子さんの気持ちが落ち込んでいるときや疲れているときには頭に入らずに精神的にさらに追い込むだけです。アドバイスをするときには、お子さんが元気なとき、機嫌が良いときにするようにしてください。



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英語子育て、成功のための50カ条 その11

「クイズに慣れさせろ」

2歳くらいになったら、クイズ形式に慣れさせて、問題に答えて正解する喜びを覚えさせましょう。

例えばフラッシュカードなどで単語を覚えさせて、"Where is a lion?(ライオンどーこだ?)"などと言って探させたり、2歳くらいになると、とにかく「これ何?」と言って名前を知りたがるので、身の回りのものの名前でクイズをしたりします。そして正解したら大げさに褒めて気分をよくさせましょう。

小学生になってから急に勉強をしてテストをしてとなると大変ですが、逆に小さいうちに問題に答えることに慣れさせて、それが楽しいと思うようになれば、勉強もクイズ感覚で取り組むことができるようになります。

英語子育てに限らず、教育って精神的な部分がすごく大切で、子どもが勉強させられていると思うかどうかは親の学ぶことに対する考えや姿勢が大きく影響を与えます。勝手に勉強がしたくなってしまうように、楽しく学ぶ喜びを小さなうちに教えてあげましょう。



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英語子育て、成功のための50カ条 その10

「知らない単語があるから黙るのではなく、知ってる単語だけで話してしまえ」


英語がどんどん上手くなる人と、なかなか上手くならない人の違いは、知らない単語に対してどうするかで分かれます。英語が上手くならない人は、自分がその単語を英語で知らなければ話すことを諦めてしまいます。一方英語がどんどん上手くなる人は、知っている単語を使ってなんとか説明しようとします。

今このコラムを書いている部屋にあるもので例を出しますね。例えば、「ハンガー」という単語を知らない場合はどうしますか?僕なら、「スーツがしわにならないようにかけたり、洗濯物を干すときに使う、人間の肩の形になっているヤツ」と答えます。では「レモン」はどうですか?僕は「黄色い酸っぱい果物でウルトラマンの目みたいな形のもの」ですかね。

もし自分の説明で相手がわからなければ、また説明をすればいいんです。ボキャブラリーはあるに越したことはありませんが、なくても説明できればいいんです。説明をするためには表現力が必要ですよね。もしわからない単語があったら、英語でなんて説明すれば伝わるか考えてみましょう。そのあとで辞書を引くと、表現力も磨けるし単語も覚えるし一石二鳥です。

知らない単語でもなんとかして伝えてしまうサバイバル英語を身につけることが、グローバルに通用する子を育てることに繋がります。英語でも日本語でもいいので、部屋にあるものの名前を言わずに説明して当てさせるクイズをしたりすると、楽しく表現力が身につきますよ。



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2歳5ヵ月の娘ユリアの英語動画

交通博物館に遊び行く途中の電車の駅で撮影しました。こちらが言っていることはほぼ全部理解しています。しゃべりだしは平均よりかなり遅めでしたが、このところ急激にしゃべり始めました。

父:Shintaro, Julia, where are you going now? シンタロウ、ユリア、今からどこに行くの?
シンタロウ:Car park! 交通博物館!
ユリア:Car park! 交通博物館!
父:What are you gonna do there? そこで何するの?
シンタロウ:Ride bicycle! 自転車に乗る!
ユリア:Riding bicycle! 自転車に乗る!
全員:Yeah!! イェーーッ!
父:By the way what your name girl? ところで、お嬢ちゃん、名前はなんていうの?
ユリア:Julia. ユリア。
父:Good! How old are you? 正解!それと何歳かな?
ユリア:Two year. 2歳。
父:Perfect. 完璧。

これまではシンタロウのことばかりでしたが、今後はユリアも頻繁に登場すると思います。以後お見知りおきを。



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メルボルン旅行記2011 最終回

「オエェェェェェェェ」

メルボルンからケアンズに向かう飛行機の中、僕は10分おきに吐き続けていた。最初は酒の飲み過ぎで吐いたのかと思っていたが、手足が痺れてきた。なんだこれは?この感覚は7,8年前に貝のヒモを食べて中ったときと同じだ。

ああ、カキに中ったんだ。

そんな僕の苦しみも知らず、シンタロウはすやすやと眠っている。吐いて吐いて毒素を出すしかない。僕は約3時間トイレで格闘を続けることになった。

飛行機は無事ケアンズに到着した。僕はと言えば、血の気が引いて貧血気味でフラフラしている。トイレにずっとこもっていた僕をキャビンアテンダントが気遣い、荷物を運んでくれて、次の大阪へ行く便の搭乗手続きの場所まで連れて行ってくれた。

そして僕の身柄は、少し堅物そうないかにもキャリアウーマン風の女の係員に引き渡された。

「あなたの今の状態では、飛行機に乗せることはできません。出発まで3時間弱あります。病院に行って許可証をもらってこない限り、ケアンズから出すわけにはいきません」

有無を言わさない態度で、強引に病院へ向かうタクシーに乗せられた。財布には5ドルしか残っていない。ここからは全部カードを切るしかない。

病院に着くとかなり混んでいた。僕の前に日本人のカップルがいた。通訳の日本人が必要らしくその手配をしているようだ。病院のスタッフに「あなたも日本人の通訳が必要?」と聞かれたのでいらないと答えた。順番を待っている間も10分おきくらいにトイレに行って吐いた。そして30分ほど経ったとき日本人の女の人に話しかけられて、僕は病室に入った。先生に症状を聞かれ、昨晩食べたカキに中ったと思うと答えた。「味はどうだった?変じゃなかった?」と聞いてくるので、"Absolutely beautiful.(間違いなく美味しかった)"と答えたらウケた。笑いを取れる余裕が出てきた。よし、俺はまだ死んではいないぞ。

「注射をするので、しばらくすれば吐き気は治まるでしょう。気をつけてお帰りください」 先生に注射をしてもらって、薬をもらいタクシーに乗って再び空港へ戻った。

付き添ってくれた日本人の女性は日本人カップルに呼ばれた通訳だったようで、ついでにみてくれたようだ。全く通訳の必要がなかったのでお金はいらないけど、通訳すると50ドル払わないといけないと教えてくれた。保険が利かないので、診察代と薬代で170ドル、タクシーで40ドルくらいが飛んでいった。英語ができなければさらに50ドル失うところだった。

空港の受付で、あの堅物キャリアウーマンに医者の許可証を叩きつけた。堅物キャリアウーマンは残念そうに「お気をつけて」と言った。僕はこのタイプの女性と相性が非常に悪い。高校のときの英語の先生もこのタイプで、僕が急に勉強を真剣にやるようになって渾身のレポートを提出したら、「これは誰にやってもらったの?人のやったものに点はあげられないわ」と言われて、大ゲンカになった。オーストラリアでの数少ない嫌な思い出である。

大阪行きの飛行機に乗り込み離陸まであと5分に迫った。少し吐き気がしたので、離陸前に吐いておこうと思ってトイレに行った。もう胃液しか出ないが吐いたらスッキリした。トイレを出ると、キャビンアテンダント3人に囲まれた。「今吐いたでしょ?」

しまった。離陸するまでは目立つべきじゃなかった。「吐こうと思ったけど、何も出なかった。もう十分に吐いたので何も出ないよ」そう答えたが、事態は悪い方向へと向かっていた。天敵の堅物キャリアウーマンが機内に乗り込んできた。「あなたをこの飛行機に乗せるわけにはいきません。降りなさい」

「ふざけるなよ、医者の許可証だってもらってきたし、注射もしたからもうすぐ吐き気も治まるって言ってたし、何の権限で俺を降ろそうとしているんだよ」僕がそう言うと、堅物キャリアウーマンは「私の権限です。この人達の荷物を降ろしなさい」とほかのスタッフに僕らの荷物を外に出すように命令した。シンタロウは"NO! I want to go home!(嫌だ!家に帰りたい!)"と泣き叫んだ。あっという間に荷物が飛行機の外に運び出されてしまった。僕は観念して泣いて怒るシンタロウを連れて飛行機を降りた。目の前で扉が閉まり、飛行機は離陸の為の準備に入った。

10分後、空港の搭乗手続きをする場所に戻り、僕は堅物キャリアウーマンと闘っていた。ヤツが次の便は4日後だから、それまでホテルかどこかで過ごして戻ってきてくれと平然と言い放ったので、ふざけるなよと応戦する。決して交わらない平行線のことを思った。

結局、次の日の朝にケアンズからゴールドコーストに移動して、そこから大阪に行く便を手配したと別の係員の人が教えてくれた。最初からそう言えばいいのに、堅物キャリアウーマン、本当に嫌な女だった。

その後、タクシーに乗り込み、最寄のホテルで降ろしてもらいチェックインをした。そしてホテルから日本にいる妻に電話をした。最初に僕が話したあと、シンタロウが代わった。この旅で一度も帰りたいと言わなかったシンタロウだったが、本当なら今夜会えたはずのママと会えないことで寂しさが募ったのだろう、「ママ、今日帰りたかったけど..... 帰れなくなっちゃったあぁぁぁぁ」と泣き崩れてしまった。それを見て僕も泣いてしまった。当たり前のように一緒に暮らしている彼女のことが、とても恋しくなった。こういうときに世界で一番会いたいのは彼女だと気がついた。こんなに大切な人と、なんでしょっちゅうケンカしてしまっていたのだろうかと思った。帰国したら前より優しくしようと思った。


電話を切ったあと、土地勘もないので、その辺を散歩してイタリア料理屋のパスタをお持ち帰りしてホテルで食べた。ケアンズは夏だった。半そででも暑い。近くには何もなさそうなのでずっと部屋にこもって、シンタロウとポケモンカードで遊んだ。シンタロウは「帰れないのは悲しいけど、ダディと一日余分に遊べるからいいや」と気持ちを切り替えていた。前向きな息子に感謝している。




夜は、ホテルのレストランでチキン料理を食べて、早々に寝ることになった。結局、機内で吐いて以降一度も吐かなかった。絶対にあの飛行機で帰れたのに。


翌朝、5時過ぎにホテルを出て空港に移動した。胃はまだもたれているが体調は良い。今日はさすがにスムーズに搭乗手続きを終えることができた。パスポートを見せて搭乗ゲートに入るところのおじさんがシンタロウのパスポートを見て、「シンタロウか、この名前はオーストラリアの年寄りには一番有名な日本の名前だよ。昔流行った時代劇の主人公がシンタロウだった」と教えてくれた。あとで調べたら、大瀬康一主演の『隠密剣士』が1965年に"THE SAMURAI"というタイトルで放送されていたらしい。シンタロウは、死んだ僕の親父が付けてくれた名前だが、オーストラリアで有名な名前だったなんて、すごい偶然だ。




今回の食中毒騒動で、全部で5万円くらい余計な金を使ってしまい腹が立っていた僕だったが、大阪行きの飛行機に乗り込んだころには、シンタロウがオーストラリアと深い縁がある名前だとわかったこと、彼女のことが大切だと再認識できたので、まあ良いかと思うようになっていた。25年で初めての家族大集合の場面にいられたこと、高校の同級生たちと再会したこと、シンタロウが従兄弟たちと楽しい時間を過ごせたこと、本当に良い旅だった。2年に一度くらい行けるように仕事を頑張ろう。今度は家族4人で行こう。そのころにはユリアも英語がしゃべれるようになってるから楽しい旅になるだろうな。

横を見るとシンタロウはもう寝ていた。シンタロウ、男二人旅、楽しかったよ。(おわり)



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メルボルン旅行記2011 その4

メルボルン4日目。あと24時間後には空の上なので、実質この日が今回の滞在のラストデー。

朝8時に起きて裏庭に出ると、早速子どもたちがはしゃいでいた。シンタロウも慌てて輪の中に混ざる。僕も焚き火しながらモーニングコーヒーを飲む大人たちに混ざった。今日の朝食は食パンの間にベーコンエッグをはさんだベーコンエッグトーストだ。せっかくシンタロウの分ももらったのに、遊ぶのに夢中で一口食べて、すぐに従兄弟たちのところに行ってしまった。そう言えばこの旅で一度もママが恋しいとか、帰りたいとか言っていない。昨日はオーストラリアに引っ越したいとまで行っていた。この従兄弟たちと一生仲良く連絡を取り合ってくれたら素敵なことだと思った。








朝食のあとはイースターエッグハントだ。大人たちが隠した小さな卵型のチョコレートを子どもたちが探して食べる、英語圏ではおなじみのイベントである。よーいドンで一斉に子どもたちが探し始める。たくさん隠してあったが、子どもの数も多いのですぐに取り終わってしまった。シンタロウとティムの子で3歳のチャーリーがまだ諦めずに探していると、年上の従兄弟たちが二人の後ろから次々とチョコレートを投げたり、色んなところに置いていく。シンタロウたちはそれを見つけて「また見つけた!」「まだまだあるよ!」と喜んでいた。13歳14歳と言えば難しい年頃だろうけど、この子たちは本当に純粋で優しい子に育っている。僕の子ともたちにもこういう風に育って欲しい。





動画:イースターエッグハントに夢中なシンタロウ


エッグハントもひと段落ついたところで、家族全員で記念撮影をした。こんな全員集合の写真を今度撮れるのはいつの日になるだろうか。この場所にいられて本当によかった。




帰りは行きと同じように、ロスのボーイフレンドの車で僕らはメルボルンまで戻った。ロスともお別れの時間が近づいている。最後に一緒に近所のマレーシア料理屋で遅めの昼食を食べた。そしてブライトンにある僕の友人宅へと車で乗せてもらった。



ブライトンは僕が卒業したブライトングラマーがある地域だ。母校の前を通るときにロスが、「今あの学校には立派なサッカーコートができたのよ。あなたが建てたようなものだから、タカハシグラウンドとかにするべきだわ」と言った。僕が高校生のとき、3年がかりで署名活動などをして学校にサッカー部を作った。僕が卒業する年に発足して、3部リーグからのスタートだったが、あまりに強すぎるのでシーズン途中に2部に上がり、そこでも無敗でシーズンを終えて翌年2年目にしてトップリーグに上がった。僕はそのチームのキャプテンだった。僕が卒業後、14年間で4回州のチャンピオンに輝いて、今ではサッカーが母校の花形スポーツになっている。数年前にできたグラウンドはフェンスに囲まれた立派なグラウンドだった。僕はロスに言われて、タカハシグラウンドの前で記念撮影をした。



その後、ロスがかつて住んでいた家、つまり僕が3年半お世話になった家の前に行ってくれた。今では別の人が住んでいるらしいが、幸い出かけているようだったので、家の前でシンタロウの写真を撮った。僕がかつて青春を過ごしたこの家の前に、僕の愛する子どもが立っている。なんだか感慨深い。



そして車は僕の友達の家に到着した。僕は彼にロスとの写真を撮ってもらうように頼んだ。こうしてみると僕とロスの顔は割と似ている気がする。似てきたのか似ていたから波長があったのか、よくわからないけど、今では本当の親子だ。大好きなお母さんを抱きしめて別れを告げた。また会う日まで元気でね。



メルボルン最後の夜は日本人の友達と過ごすことになった。彼はブライトングラマーの後輩で、日本でもずっと仲良くしてきたが、去年転勤でメルボルンに戻ってきた。1年数ヶ月ぶりの再会になる。地元の有名なフィッシュアンドチップスや、生ガキ、サーモンなど、ワインにぴったりのつまみで僕をもてなしてくれた。シンタロウは翌日早いので早めに寝かせて、僕たちは夢中で語り合った。



そして気がつけば午前3時15分。空港に向かうためのタクシーがやってきた。寝ているシンタロウをタクシーに乗せ、空港へと向かった。4時過ぎに空港に到着してチェックインを済ませた。6時発のケアンズ行きに乗って、ケアンズで乗り換えれば、今日の夜には広島に戻ることになる。短い旅行だったけど、パンパンに中身が詰まった4日間だった。急な出費になったが来て本当によかった。僕はまだ酔っ払っている頭の中でこの旅を振り返っていた。しかし、この日の夜、僕は日本には到着できなかった。帰るまでが遠足とはよく言ったものだと33にもなって思い知らされることになったのである。(つづく)



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