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さようならジョン(最終回)

 ジョンの葬儀は彼がこの世を去って10日後に教会で行われた。その日は、大雨が降り、皆、いたずら好きだったジョンが雨を降らせて、参列者を困らせているんだとこぼしあった。

 オーストラリアの葬儀では、参列者は派手な色は避けるものの、派手でない限り、何色を着ても皆余り気にしない。でも、服装にやかましかったジョンを参列者は皆知っていたようで、男性は皆白いシャツにネクタイをして黒い背広を着ていた。女性もほとんど礼服のような黒い服を着ていたが、一人だけ派手な赤色の服を着た女性を見かけた。近寄ってい見ると、ジョンの元妻のケリーだった。

「ケリー、お久しぶりです」と声をかけると、みるみるうちにケリーの目から大粒の涙が流れだした。のどを詰まらせながら、「ジョンがこんなに早く亡くなるなんて、夢にも思わなかったわ」と言うと、ハンドバックからハンカチを取り出して、涙をぬぐった。ケリーはまだジョンを愛していたんだと、胸をつかれた。

 他の参列者達は、お互いに靴を見せ合って、「今朝はちゃんと磨いてきたぞ」と言い合っていた。勿論、私もこの日の朝、靴をきれいに磨きあげ、黒いスーツを着てきた。

 葬儀の手順は、ジョンが全部死ぬ前に決めていた。リハーサルは、できなかったらしいが。

 キャシーが司会を務め、男の牧師が聖書の言葉を読み上げ、賛美歌を皆で歌った。

 生前のジョンと仲の良かった人たちが壇上に上がり、それぞれが経験したジョンの奇抜な行動を披露する。そのたびに、皆笑い、ジョンを懐かしんだ。ジョンがレストランで、テーブルの上で、踊った話。株主総会の重要な日でも、クロコダイルダンティーという映画の主人公のように、カーボーイのような恰好をして現れ、皆を煙に巻いたことなど。茶目っ気たっぷりのジョンを思い出させる話ばかりだった。

 葬儀で初めて知ったことがたくさんあった。彼はイギリスからの移民の子で田舎で育ち、家が貧しかったので、高校一年で学校をやめ、メルボルンにきて、いろいろな職を転々とし、ベトナム戦争にも駆り出されて、2年間、ベトナムで戦ったということだ。そのあと、メルボルンに戻ってきて、セールの仕事をして、やり手として知られるようになり、私がジョンと会った会社に引き抜かれたということだ。大学にも行かないで、社長の座を射止めたというジョンは、オーストラリアならではの出世物語と言えるだろう。

 スライドショーが披露されたが、スターウォーズのテーマソングが流れるとともに、スターウォーズの出だしと同じように文字が川が流れているように上へ上へと流れて消えていった。ジョンらしい演出だと、誰かがささやいた。

披露された写真には、ケリーとの幸せな結婚生活を送っていた頃のものや、かつらをかぶって着物を着て、芸者姿に変装したジョンもあった。皆から愛されたジョンを、私は再確認し、初めて涙がでた。

 皆の思い出話が長かったため、2時間も葬儀が続いた。そのあと、飲み物や食べ物が用意されていたが、私は、何となくみんなと話をする気になれなく、疲れを感じて帰りの道を急いだ。

 帰りの車を運転しながらラジオをかけたら、奇しくも、ビクトリア州政府が安楽死の議案を提出したというニュースが流れた。すると、ジョンがあの世で右の親指を挙げて、ウインクしている姿が目に浮かんだ。

追記:この物語はフィクションですが、モデルになった人がいます。その人は2016年11月23日に安楽死をしました。この物語を彼にささげ、彼の冥福を祈りたいと思います。

 

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さようならジョン(6)

その2週間後に、ビルが、

「ジョンから僕たちに昼食に来ないかと誘いがかかったよ」と言うので、ジョンの2度目の見舞いに行った。

 前回あったときは、退院して間もなかったせいか、10分も話すとつらそうだったのが、

少し体力を取り戻したように思えた。この時もキャシーがそばについていて、料理は彼女が準備したようだった。

「キーコ、クリスを覚えているか?」と私に聞く。一瞬どのクリスのことを言っているのか考えていると、

「ほら、辞表を僕にたたきつけて、辞職したセールスマネージャーのクリスだよ」

「ああ、あのクリス」

 私は、ものすごい形相をして社長室から出てきたクリスのことを思い出した。

「彼からね、見舞いのカードが来たんだよ」と、カードを私に渡してくれた。そこには、

「ジョン、

 癌にかかったと聞き、驚いている。早期回復を祈っている。

君から僕の仕事ぶりについて注意を受けたとき、僕は全力投球で仕事に取り組んでいたと思っていたので、君の忠告は心外だった。でも、あれからほかの会社のセールスマネージャーになって、君の忠告を思い出し、ときおり自分を反省するようになったよ。いまでは物わかりの良いボスだと思われている。これも君の忠告があったからだと、今では感謝している」

私が読み終わるのを待って、

「クリスとは喧嘩別れになって、後味の悪い思いをしていたんだが、彼から、こんなカードをもらって、僕はうれしかったよ」

「和解できて、よかったですね。それで、クリスは会いに来たんですか?」

「いや、彼は今アメリカにいるそうだ」

「そうですか」

 会話はなごやかにすすんでいったが、ジョンは、スープを一口飲んだだけで、それ以上、料理に手を付けなかった。

「食欲もないし、無理して食べると、吐き出すだけだからね」

そういう、病気のつらさをこぼしているかと思えば、突然いたずらっ子のように、

「今朝、キャシーに抱いてほしくなって、彼女の寝ている客室のベッドの中にもぐりこんだんだけど、キャシーったら、パジャマを着て寝ているんだよ。興ざめしたよ。裸で寝ればいいのに」

と、愚痴をこぼすので、私は思わず笑ってしまった。女のベッドにもぐりこむくらいの気力があれば、当分は大丈夫だと思った。

 しかし、この時が、私が生きているジョンに会った最後の日になってしまった。それからのジョンの状況は、マスコミに報道される情報で得るだけになってしまった。彼は安楽死の合法化を目指してのキャンペーン運動で多忙になっていっていた。

 テレビのドキュメンタリーでは、キャシーとダンスしているジョンを見ることができた。ジョンの安楽死を手助けするという医者も、不治の病の痛みで苦しんでいる人たちを安らかに眠らせてあげることの重要性を強調していた。私も心の中で、大賛成と言っていた。私には痛みに耐えながら死だけが待つ生活は、思っただけでも耐えられそうもない。。

 新聞にも何度にも渡って安楽死の記事が記載され、そのたびにジョンのことが報道された。新聞に記載されたベッドに横たわっているジョンの写真を見ると、ジョンは骨と皮になってしまっていた。癌が肺にも転移したと書かれていた。テレビのドキュメンタリーで、ジョンに安楽死の薬をあげると宣言した医者は、裁判にかけられてしまったとの記事を読んだ1週間後、ジョンの姪という人から電話をもらった。

「ジョンは、夕べ、薬を飲んで、安らかに眠りました。葬儀の日は、ジョンの遺体が検視に回されたので、遺体が戻ってきたら、またお知らせします。ジョンが、知らせてほしい人のリストを作っていましたが、そのリストにあなたの名前があったので、お知らせします」

 こんなに早く、ジョンの死が訪れるとは、夢にも思わなかった。彼が重病なのは知っていたが、現実にその時が来ると、実感がわかなかった。いつか見た、スイスの病院で安楽死した人のドキュメンタリーを思い出した。ジョンも自分で、死のカクテルを飲んだのだろうか。電話が切れた後も、私は呆然としてそのまま長い時間たたずんでいた。

著作権所有者:久保田満里子

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さようならジョン(5)

ジョンが退職して1年後、ジョンが会社に足を運ぶこともなくなった。うわさでは、ウェンディとも別れたということだった。新しいパートナーができたのかと思っていた私に、ビルがびっくりするニュースをもたらした。

「ジョンは舌癌にかかったようだ。かなり悪性の癌みたいだよ。一応治療は終わって退院したということだ」

  あの、いつもエネルギッシュに動き回っていたジョンが、病気にかかるなんて夢にも思わなかった。彼はまだ70代の初めのはずである。言葉を失った私にビルが

「今週の日曜日家にお見舞いに行くつもりだけれど、君も行くかね」と誘ってくれた。

 会社の中で、社長秘書だった私が一番ジョンのことを知っていたことを、ビルは配慮して、誘ってくれたらしい。私は勿論「是非連れて行ってください」と答えた。

 花束を持って、ビルと共にジョンの家を訪れると、玄関の扉を開けたのは、美しい金髪の大柄な女性だった。ジョンは、病気をしてもやっぱりモテるんだと、思わず頬がゆるんだ。

その女性は、「私、キャシーです。どうぞ入って」と私たちを家に招じ入れてくれた。  

 家の中は相も変わらずチリ一つ落ちておらず、ピカピカだった。

見舞いに行くとビルがあらかじめ連絡していたのか、

「おお、来たか」と寝室から出てきたジョンは、ちゃんとズボンとTシャツを着ていたが、ジョンの頬がこけ、手足が細くなっているを見て、私は胸が痛んだ。

「この女性は、僕のダンス教室でのパートナーだった人でね、牧師なんだ。僕の葬式をちゃんとしてくれることになっているんだ」

「葬式なんて、まだそんなことを考えるのは早いんじゃないか」とビルが言うと、

「慰めてくれなくてもいいよ。自分の体のことはよく分かる。このままいろんな治療を続ければ、1年くらい生きながらえるかもしれないと医者が言うんだが、苦しい治療を続けるのは、まっぴらごめんだよ。幸い僕には家族がいないから、いつ僕が死んだって、誰も困らないし」

 あのなんでも積極的に物事に取り組んでいたジョンの言葉とは思えなかった。しかし、苦しい思いをして延命しても、また元気になる可能性がないとなれば、私もジョンと同じように考えたかもしれない。

「だからさ、自分の死の時は、自分で決めたいと思っているんだ」

「それって、安楽死のことを考えていると言う意味ですか」私が驚いて聞きただすと、

「そうだよ」と、こともなげに言う。

「でも、安楽死は合法化されていないよ、オーストラリアでは」とビルが言うと、

「だから、僕は合法化にむけて、キャンペーンをしたいと思っているんだよ」

そう聞くと、いつもの物事を積極的におしすすめていく、いつものジョンは変わっていないことを知り、私の気持ちは少し楽になった。

「安楽死に使う薬が売っていないかって、ネットで調べたら、それが売っていたんだよ、メキシコで」

「え、そんなに簡単に薬が手に入るんですか」と、安楽死にはついての知識が全くない私が聞くと、

「薬は500ドルって書いてあったから、500ドル送ったら、郵送料や手数料として500ドル追加のお金を送れというので、また500ドルを送ったんだ。ところが、いつまでたっても品物が来ないんだ。きっと、だまされたんだと思う」と、いいながら、綿棒のようなものをしきりになめた。私の視線に気づいて、ジョンは、

「これはね、痛み止めのためのモルヒネなんだよ」と説明してくれた。

私たちは、ジョンが疲れ始めたのを感じて、その日は、退散した。 (続く)

著作権所有者:久保田満里子

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さようならジョン(4)

会食から一週間たった頃、ジョンに言われた。

「キーコは犬が好きなようだね」

「ええ、大好きです。リック君、可愛いですね」と言うと、嬉しそうに

「きのうリックの誕生日パーティーをしたんだよ。写真、見る?」と言って、携帯に写っているリックの写真を見せてくれた。それは、床に置かれたバースデーケーキを3匹の犬が一心に食べている写真だった。

「近所の犬も呼んでね。犬用のケーキを作って食べさせたんだ」と、まるで小さな息子の誕生日パーティーの話をするようだった。リックは、子供のいないジョンにとっては、まさに息子だったに違いない。

 ある日、すごい形相をしたセールスマネージャーのクリスが、「ジョンに会いたい」と言ってきた。ちょうどジョンは社長室にいたので、入るように言ったが、その意気込みから何か問題が起こったことは、一目瞭然だった。

 社長室に入って5分もすると、クリスは憤懣やるかたないという顔をして部屋から出て来て、大股で去っていった。何事が起ったのか心配になって、社長室を覗くと、ジョンが浮かない顔をしていた。

「どうかしたんですか?」と聞くと、

「いやあ、クリスに辞表をたたきつけられたよ。最近のクリスは独断で物事をすすめて、部下の忠告も聞かず、部下が反対しようものなら頭ごなしに怒鳴りつけるので、クリスの部下から苦情がでていたんだよ。だから、それを注意したら、反対に、切れてしまったね。優秀な部下を失って残念だよ」と、大きなため息をついた。

 今までの私は能天気で、社長になれば、悩み何てないのだろうなと思っていたが、下っ端の私に比べて、社長ともなると、悩みはもっと大きくなると言うのを知った。

 会社が一番の危機に陥ったのはリーマンショックの時だった。その頃、どんどん業績を伸ばし、かなりの利益を得ていた会社は、その利益を株に投資して、利益を倍増していたので、リーマンショックの影響をもろに受け、黒字経営から赤字経営に転落してしまった。その時、経理担当だったテッドは、責任を感じて、見る見るうちにやせ細り、ノイローゼとなり辞職した。赤字経営になったこともさることながら、テッドの辞職は、ジョンをうちのめにしたようだ。悪いことは重なってくるという英語の諺があるが、その時のジョンは、まさにそういう状況だった。ケリーが家を出て、クイーンズランドに行ってしまい、離婚してしまったのだ。リックも彼女がクイーンズランドに連れて行ったということだ。

 ジョンは、あけっぴろげな人なのに、この時も、驚かされた。私が離婚の原因を聞いたわけではないのに、自分の方からすすんで離婚の原因を話してくれた。

「キーコ、ケリーはね、子供の時、父親が女たらしだったものだから、男を信用することができなかったんだよ。僕たち一日だってセックスを欠かしたことがなかったんだけれど、あのリーマンショックの後始末で、僕はリピドーがとたんになくなってね。セックスをしない日が続いたら、ケリーが怒ってね。セックスをしないのは、私を愛していないからだと、僕は責め立てられたよ。浮気をしているんだろうとも言われたよ。ケリーにとって、愛とセックスは同意語だったんだよ。僕が自分の気持ちを説明しても、聞き入れてくれなかった。それが原因で別れたんだよ」

 独身の私にはちょっと刺激の多い話だったが、いろんな夫婦がいるものだと、考えさせられた。でも、これだけあけっぴろげに話してくれるのは、私を信用してくれているからだと思い、ジョンの離婚の原因を、私は自分の胸に秘め、誰にも話すことはなかった。

 しかし、その時が、会社の一番のどん底で、その後、ジョンの積極的なリーダーシップによって、3年後には赤字経営から黒字経営に転じた。ジョンは再再婚をする様子もなかったが、社員のウエンディーと同棲をはじめ、二人の仲はおおっぴらとなり、二人仲良く出勤してき始めた。そして、ジョンは、60歳の誕生日を迎えたところで退職をした。

退職のパーティーのあいさつでは、

「これから、ゴルフをして、社交ダンスも習って、人生を楽しみたいと思います」と言ったが、社員全員が知っていた。子供のいないジョンにとっては、会社が自分の子供のようなものだったことを。だから、心の奥底にある寂しさは隠しきれなくて、最後に涙が止まらなくなったジョンを見て、皆は盛大な拍手を送った。

 ジョンは、退職した後も、時折会社に姿を見せ、私をはじめ、親しかった昔の部下たちと立ち話をして帰った。

著作権所有者:久保田満里子

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さようならジョン(3)

仕事が順調にいっていないときのジョンは、部下を叱るつけることも多かったが、奇妙な叱り方で、冗談なのか真面目に言っているのか判断に困ることがあった。

 交渉が思うように進んでいないことがあった時、担当の部下を呼びつけて、

「何とか、取引相手の懐柔を図れ。高級売春婦でも雇って、相手を懐柔させろ」と、言っているのが聞こえた。それを聞いた部下は一瞬たじたじとなり、「女をあてがうというのは、ちょっと…」ともごもご言うと、

「女には興味がない奴なのか?だったら、奴の好みそうな男を探しせ!」と言う。

部下は困った表情で、「いや、僕は奥さんも知っているので、女を世話するというのは、奥さんに悪いので、やりたくないのですが」と言うと、

「ともかく、早く交渉をまとめろ!」と怒鳴って、社長室から追い出してしまった。

怒鳴られた部下は、「ジョンは本気であんなことを言っているのかしら」と首をかしげながら社長室から出てきた。

 働き始めて1か月たった頃、初めてジョンのうちに夕食に招待された。ジョンのうちは高級住宅街にあったが、それほど大きな家ではなかった。もっとも子供がいなくて奥さんと二人暮らしだということだから、二人だけが住むにしては大きな家だった。門から家に続く道は白い小石が敷き詰められ、玄関の戸口まで飛び石があった。石灯籠があって、松が植えられている庭は、私に日本の旧家の庭を思い出させた。玄関に入ると目の前に大きな金色と赤の刺繡の入ったあでやかな模様の打掛が飾られていた。まるで日本に帰ったような錯覚を受けた。家の中に入って驚いたことは、無駄なものが一切置かれておらず、まるで展示用の家のようだったことだ。生活の匂いが感じられないと言ったほうが良いかもしれない。白と黒で統一された家具は、モダンな感じを与えた。案内された客間には、すでに日本の取引先の客も2人いた。

「松本です」

 40歳くらいのサラリーマン風な眼鏡をかけた背広姿の男が、名刺を出しながら言った。もう一人いた30代くらいの男もすぐに

「井上です」と言って、名刺をくれた。

私は、それまであまり使うチャンスがなかった名刺を出し、

「社長秘書の木村紀子です」と言って、二人に渡した。

 ジョンはそばにいた50代くらいの化粧の濃い女性を、「家内のケリーだ。キーコは家内に会うのは初めてだよね」とケリーを紹介してくれた。青い目が印象的なハンサムなジョンと女優を思わせるような美女のケリー。エネルギーの塊のような印象を与える二人は、お似合いの夫婦だなと思った。

 食事はアウトドアでバーベキューだった。ジョンがステーキやソーセージを焼いて、ケリーは彼の助手と言う感があった。この時の会話で、ジョンのことをもっと知ることができた。ジョンもケリーもあけっぴろげだった。

「最初の妻と別れた後、元妻が何をしているか気になって、元妻の住んでいる家を覗き込もうとして、夜梯子を持って行って塀にのぼろうとしたんだけれどね、梯子から転げ落ちて、腰を打ってしまって、ひどい目に遭ったよ」と、話すので、その時初めてケリーとは再婚だと知った。ケリーも

「私は息子がクイーンズランドに住んでいるから、将来、クイーンズランドに住みたいと思っているの」

と、初対面の私に対しても、臆する風もなく言う。こんなことを言うと、お互いが傷つくのではないかと私の方がハラハラしたが、二人ともいつものディナーの会話をしているという感じなのが、私には奇異に思えた。

 肉も焼け、皆で座って食事をしていると、どこからともなく白い小犬があらわれた。可愛い目をしてあいくるしい感じのプードルを、ケリーは抱き上げて、

「この子、リックというのよ。私たちの子供なの」と言うと、ほほずりをし、ジョンはリックの頭を撫ぜた。

 もっぱらジョンのおしゃべりが中心になったこの日の会食で、私は、ジョンが再婚者であること、子供がいないことを知ると同時に、かれの潔癖症を再確認した。

著作権所有者:久保田満里子

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さようならジョン(2)

ジョンは私の思惑など気にもしないふうで、持っている布で私の靴を磨き始めたではないか。あっけにとられて、そのまましばらく突っ立っていたら、

「磨き終わったよ」と言ってジョンが立ち上がった。

「いや、君の靴が余りにも汚れていて見苦しいから磨いてあげたよ」とこともなげに言う。  私は恥ずかしさの余り顔が真っ赤になり、「すみません。これから気を付けます」と言って、そのままトイレに駆け込んだ。胸の動悸が収まるまで5分はかかった。そのあと、おそるおそる社長室に戻ると、ジョンは何事もなかったように、電話で部下に指示を与えていた。そして靴に関しては、それ以降一切口にすることはなかった。

 しばらくして気が付いたのは、ジョンは身なりについて口やかましい人だということだった。靴を磨かれたのは私だけではないと仲良くなった同僚から聞かされ、あの時感じた恥ずかしさが半減したものの、あの日から、私は自分の靴を磨くことを日課にし、それ以来ジョンに靴を磨いてもらうという失態をしなくてすんだ。

 ある日も、部下と一緒に取引相手の人に会いに出かけることになった時、部下が、ネクタイなしのワイシャツ姿で現れると、不快そうに眉をつりあげ、

「ネクタイと背広はどこだ。外に出るときには、ちゃんとネクタイをして背広を着ろ。それが常識だ」と怒鳴った。

 日本だったら、ジョンの言うことはもっともだと思うが、ここはオーストラリアである。皆カジュアルな格好をしているので、それに慣れてしまっていた私は、ジョンはちょっと手厳しいのではないかと思った。

 それから、毎日思わぬハプニングがあり、退屈する日がなかった。

ある日ジョンは私に、

「来週の月曜日の午前は、何も予定を入れないでくれ」と言うので、

「どこかに出かけるんですか?」と聞くと、

「いや、社員の仕事を全部把握しておきたいから、来週の月曜日はサリーと仕事を入れ替わることにしたんだ」と言う。

「ということは、お茶くみをするということですか?」と言うと、

「そうだよ」と、こともなげに言う。

さすがにサリーはジョンの代わりに部下にいろいろ指示をすることはできないので、ジョンのお茶くみの監督をすることになった。

その当日、お昼頃に社長室に現れたジョンは、汗をたらたら流しながら、

「疲れたあ!こんなにお茶くみがきつい仕事だとは思わなかったよ。サリーは僕の2倍は働いているよ」と、汗を拭きながら、社長室のソファーに倒れこむようにどっかりと座りこんだ。それ以降、ジョンはほかの社員と仕事を代ろうとは言わなくなった。お茶くみの仕事がこたえたらしい。

 

著作権所有者:久保田満里子

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さようならジョン(1)

私がジョンと会ったのはもう10年も前のことである。その頃、オーストアリアの大学を卒業して就職口を探していた私は、日本への輸出入品を取り扱っている貿易会社で、社長秘書を募集していると日本人会に加入している友人から聞き、応募したのだ。面接に来いと言われ出かけて、社長室に通された時、ジョンは窓際にある大きな机の椅子から立ち上がり、私を迎えてくれた。背が高く、頑丈そうな体をしているジョンから、エネルギーがムンムンと立ち込めているような印象を受けたのを今でも覚えている。ジョンは、「ハロー」といいながら、握手の手を差し伸べてきたが、その手は厚みがあり、温かかった。緊張して、ジョンの前にそのまま突っ立っていた私に、「そこに座って。そんなに緊張しなくてもいいよ。別に君を煮て食おうというわけではないから」といたずらっ子のように、にっこりと笑った。私はジョンの笑みで少し緊張感が和らいだ。私の方は、英語と日本語のバイリンガルであるということと、コンピューターが少々使えるというくらいで、ほかには何も資格がなかったが、即採用になった。

 仕事は2週間後から始めてくれということだった。リリーという社長秘書が出産のためやめることになり、その後釜に私が採用されたということで、リリーから仕事の内容の引継ぎがあった。その時リリーから「ジョンは整理整頓が好きな人だから、ファイルだけはしっかり保管してね」と耳打ちされた。

 2週間後、初めての出勤日、私はリリーからのアドバイスを念頭に置いて、社長の机の上を整頓しようと早めに出勤したが、社長室の机の上にはきれいに整頓されていて、私が手を入れる必要はなかった。

 朝、ジョンのその日のスケジュールを確認し、ジョンから頼まれた書類の整理をして、ジョンに来客があるとお茶を入れて、初日は無事に終わった。

  二日目も朝8時に出勤した。自分が一番早く来たと思っていた私は、社長室から音楽が流れているので、ジョンはすでに来て仕事をしているのかと思い、ドアをノックした。しかし音楽の音でノックが聞こえないのか、中から返事がない。仕方ないので、そっとドアを開けると、部屋の中では思わぬ光景が展開されていた。ジョンが、ジョンよりは10歳は年上と思われる、背が低くて太っちょの女性と二人でダンスをしているのだ。ジョンの相手をしているのは、はっきり言って、女としての魅力に乏しい女性だった。二人とも夢中でワルツを踊っていて、私が部屋に入ったことに、すぐには気づかなかった。5分くらい過ぎたところで、ジョンは私の存在に気づき、「やあ、キーコ。朝早くから出勤したんだね。ご苦労様」と、私に笑いかけて、ダンスをやめた。そして、一緒に踊っていた女性を紹介してくれた。

「そういえば、キーコはテレサに会うのは、初めてだね。こちらは、テレサ。うちのお茶くみをしてもらっている」

そしてテレサに向かって、「こちらは昨日から僕の秘書をし始めたキーコだ」と紹介してくれた。私たちは握手をしたが、私としては、ジョンとテレサがどういう関係なのかすぐには把握できず、すこし居心地が悪かった。それに社長とお茶くみの女性の組み合わせは、奇妙に映った。それから、毎週月曜日の朝は、ジョンとサリーのダンスの練習は続いた。

 勤め始めて一週間たった頃、朝出勤してきたジョンに、「おはようございます」と挨拶をすると、ジョンは「キーコ、そのまま立っていて」と言って、引き出しから何か布切れのようなものを取り出すと、そのまま立っていた私の前に、ひざまづいた。

「え、これ、なんのまねなの?」

 私は一体ジョンが何をするつもりかわからず、驚きで体を硬くした。

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結婚相手(最終回)

その日、大村が連れて行ってくれた店は寿司店だった。

「実は先日工藤さんを町で見かけてね。声をかけたら、婚約したって言って、婚約指輪をみせてくれたよ」

「え、彼女、結婚するの?」

「そう。君もそうだろうと思うけど、僕も彼女の退職はこたえたんだけれど、彼女のそんな姿を見て、やっと胸のつかえがとれた思いだよ」

それを聞くと、私もほっと溜息をついて、

「それを聞いて私も心が軽くなったわ」

にっこり笑った私を見て、

「君の笑顔見るの、一年ぶりだな」と大村は言い、姿勢を正して、

「僕と結婚を前提に付き合ってもらえませんか」と、真剣なまなざしをなげかけた。

私は、幹江が婚約していると聞いた後、今まであった大村に対するわだかまりがとれ、素直に頷いていた。幹江に言われるまで大村の事を男性として意識をしたことがなかったのだが、幹江が退職した後、大村は、腹立たしいながらも、気になる存在になっていたのだ。しかし、そうかといって大村に近づくことはためらわれた。幹江に悪いと思ったからだ。でも、幹江が幸せに暮らしているのなら、私が彼女のことを気遣うことはない。

 それから一年つきあった後、私たちは結婚した。

 

 結婚して分かったことは、大村がマザコンの気があることだった。毎日姑が家に遊びに来るのには閉口して、時折口論になったが、その姑も私たちが結婚して10年目に亡くなり、それ以降、私たちの結婚はたいした波風もなく27年の月日が過ぎていった。結婚2年目で生まれた一人娘の真奈美も、25歳になった。真奈美は、2年間中学校で英語教師をしていたが、本格的に英語を学びたいと、1年間オーストラリアに留学した。その真奈美を空港に迎えに行って、私は真奈美の左の薬指に小さな指輪を見つけた時、一瞬胸がどっきりした。

私は、「向こうで結婚相手を見つけたの?」と聞いた。真奈美とはメールやスカイプで頻繁に連絡を取り合っていたが、結婚相手を見つけたなんて、一言も言わなかった。

「そうなの」

ちょっと、はにかんだように真奈美は言った。黙っていたのを悪いと思ったのかもしれない。

 婚約したとなると、すぐにどんな相手か気になる。もしかしたら、相手はオーストラリア人?だから私たちに言えなかったのではないかと、気をまわしてしまう。

「相手は、オーストラリア人なの?」と、一番気になることを聞くと

「いいえ。日本人よ。彼も私と同じ大学に日本から留学していたの。藤原俊介っていうの」

「そう」

 私は、相手が外国人でないことを聞いて内心ほっとした。それは、オーストラリア人に対する偏見からではなく、単に、一人娘に外国に住まわれては困ると思ったからだ。真奈美は、「写真、見る?」と聞くので、「勿論よ」と答えると、携帯に写っている写真を見せてくれた。そこには、健康そうな白い歯を見せたなかなかハンサムな好青年が写っていた。

「何をしている人なの?」

「経営学を勉強していたわ。日本の企業から研修で、送られてきていたの」

ちゃんとした職を持っている青年と聞き、私はますます藤原俊介と言う青年に好意を持った。

「今度彼の両親と一緒に食事をしようと、彼が言っているんだけれど、どうかしら?」と真由美が言うので、私たち夫婦は一も二もなく、すぐに賛成した。どんな青年なのかと、私も夫も、一緒に会食する日を、期待と不安が入り混じった気持ちで待った。

 ホテルで夕食を一緒にすることになったので、その日は美容院に行き、私としては目いっぱいおしゃれをして出かけた。勿論真奈美より目立たないように気を付けたが、そんなことに気を配らなくて、若くて上背のある真奈美は、どっちに転んだって、私よりは魅力があると夫に言われてしまった。

 ホテルのフランス料理店に行くと、相手はすでに来ていた。私たちの姿を見ると、藤原俊介と俊介の両親は席から立ちあがって、挨拶をした。俊介の母親が「藤沢幹江です」とお辞儀をし、顔を上げたところを見て、私も夫もびっくりして一瞬声を失った。その顔は、まぎれもなく工藤幹江だったのだ。

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結婚相手(2)

 会社が終わるとすぐに喫茶店にかけつけた。大村はその3分後に姿を見せた。

「一体、工藤さんに、どんな返事をしたの?あんまり良い返事をしたようには見えないけれど」

大村は、私の質問を無視して言った。

「ねえ、君、僕の事をどう思っているの?」

「なぜ私の話がここにでてこなければいけないの。今は工藤さんの話をしているのよ。工藤さんをどう思っているの?」

大村はため息をつきながら、

「正直。僕のタイプじゃないね」と言う。

「どうして?」

「あの子、内気で暗いんだよなあ。それによく病欠するだろ。体も弱そうだし」

「と、いうことは、嫌いなわけね」

「まあ、率直に言えば、そうだ」

「じゃあ、あなたの好みのタイプってどんな女性なの?」

そう聞くと、待ってましたとばかりに大村の答えが戻って来た。

「君みたいな女性」

意外な答えに、私は一瞬言葉を失った。

「工藤さんには、どう言ったの?」

「僕は白川さんが好きだと正直に言ったよ」

「えっ?」

それで、今朝の幹江の言葉の謎がとけた。

「私は、あなたのことを何とも思っていませんからね。工藤さんに変な誤解をさせるようなことは、言ってほしくなかったわ」

 そう捨て台詞を残して、私は席を立って、喫茶店を出た。

 幹江は私が裏切ったとうらんでいるだろう。そう思うと、翌日から会社に行くのがつらくなった。一瞬会社をさぼろうかと思ったが、さぼったところで、何も解決しないと、重い足を引きずりながら、翌日出勤した。

 おそるおそる幹江の席を見たが、幹江は来ていなかった。少しほっとした。その日、結局幹江は来なかった。その日は、幹江と顔を合わさずに済むことを感謝しながら、一日をすごした。大村の方には目もくれなかった。

 幹江は次の日も欠勤した。そして、その次の日も。幹江の姿が見えなくなって一週間たったとき、朝会で、支店長から幹江が退職したことを知らされた。

 私の胸の中で、幹江に対しての悪いことをしてしまったという思いがふくらんだ。でも、自分のせいではない。大村が悪いんだと、大村に責任を押し付けようとする自分もいた。私は、幹江の退職以来、おしゃべりな女から寡黙な女に変身した。幹江の退職は、大村にも衝撃を与えたようで、大村の席のほうからも、いつもの活発な声が聞こえなくなった。

 幹江が退職して一年たったころ、珍しく大村が私の席に来て言った。

「話したいことがあるんだけれど、今晩一緒に食事できないかな」

なんだか、幹江の言葉を思い出した。幹江も一年前、私に同じような言葉で誘った。

一瞬迷ったが、結局、誘いに乗ることにした。大村が言いたいことに興味をもったからだ。大村は何が言いたいんだろう?

著作権所有者:久保田満里子

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結婚相手(1)

「今晩、時間があったら、夕食、一緒にしない?」

突然、余り親しくもない同僚の工藤幹江から言われて、私は一瞬とまどった。しかし、断る理由は何もない。金曜日の夜だと言うのに、私はデイトする相手もいない。それに、一人暮らしの私は、晩御飯を作ってくれる人もいないから、たまには同僚と食事をするのも悪くないと思い、「いいわよ」と答えた。

  その日幹江に誘われて行ったのは、イタリア料理のしゃれた店だった。

「この店のラサンニャ、おいしいのよ」と、幹江に言われ、私もラサンニャを注文した。

 幹江は、会社でもおとなしい感じの女性だったが、私と二人きりになっても、口が重く、もっぱら私が話し手になった。私を誘ったのは、何か話があったのだろうが、幹江が私を誘った理由についてなかなか話そうとせず、やっと口を開いたのは、ラサンニャを食べ終わった頃だった。

「白川さんは大村さんとは同期でしょ?大村さんの事、どう思う?」

大村は私と同じ25歳。スポーツマンで健康そのものの快活な青年だった。

「大村さん?素敵な人がと思うけど、どうかしたの?」

「白川さんは彼の事、好きなの?」と真剣な顔をして、幹江は私の心の奥底まで覗き込むようにまっすぐ私の目をみながら、聞いた。

「好きっていえば、好きかな。でも友達として好きだっていう意味で、あんまり彼に対して男性を意識したことないわ」

「そう。よかったわ。実はね、私、大村さんの事、ずっと好きだったの。でも、自分の気持ちを告白して断られるのがこわくって、人知れず悩んでいたの。それに白川さん、大村さんと親しそうだったし…」

「そうだったの。私は、彼の事、特にどうこう思ったことはないわ。だから私に遠慮することないわよ」

「でも、自分で告白する勇気がないの。白川さんの方から、大村さんに、私の気持ちを伝えてもらえないかしら」

「そう。いいわよ」

「ありがとう、白川さん」と幹江は、私の手を握らんばかりに喜んだ。

私は、誰かのために何かができると思うと、心の奥底でちょっぴり自分自身を誇らしく思った。

「私から、どんなことを言えばいいかよく分からないから、あなたが手紙を書いてくれたら、それを渡す、キューピット役になってもいいわよ」

「そうしてくれる?実は、もう自分の気持ちをしたためた手紙、用意しているの」と、幹江は、可愛いピンクの封筒を私に渡した。

「じゃあ、来週の月曜日に、大村さんに事情を話して、手紙渡すわね」

「ありがとう!」

 私たちは、幹江の成功を祈って、二人で乾杯した。

 週末は落ち着かない気持ちで過ごしたが、幹江は自分よりももっと落ち着かない気持ちで過ごしていることだろうと思いながら、月曜日を待った。

 月曜日は、いつもより10分早く出勤し、大村を捕まえようと、入り口から目を離さなかった。とはいえ、20人ばかりしかいない銀行の支店で、皆が大部屋で机を並べて仕事をしているので、大村が来たかどうかは見張らなくても分かるのだが、私は一刻も早く自分の役目を実行したいと待ち構えていたのだ。始業5分前の8時25分に、やっと大村が現れた。

大村が席に鞄を置いたのを見るや否や、私は大村に近づいて、

「ちょっと、話があるんだけれど、昼休み時間ある?」と聞いてみた。

大村はちょっと驚いたように私の顔を見たが、すぐに笑顔になって

「いいよ」と答えた。

「じゃあ、向かいの喫茶店で12時半ね」

私は目の端に、幹江の期待の入り混じった顔を見て、思わず幹江に向かってにっこりした。

 大村は約束通り、喫茶店に12時半かっきりに現れた。

「アメリカン」と大村はウエイトレスに注文すると、私の顔をまっすぐ見て、

「話ってなんなんだ」と聞いた。

「実はね、工藤さんの事なんだけれど、大村さん、工藤さんの事を、どう思う?」と、私はは早速話の核心に迫った。昼休みはそんなに長くないから、悠長に話してはいられない。

「工藤さん?」大村は意外な顔をした。

「どうして、白川さんが僕にそんなことを聞くの?」

「実はね、工藤さんに、キューピット役を頼まれたのよ。彼女、あなたのことを好きでたまらないみたいよ。彼女から手紙を預かっているから、これ、あとで読んでね」と、幹江の手紙を渡すと、大村はじっと手元の手紙を見て、

「僕、これ、受け取れないなあ」と苦り切った顔をして言い出したので、私は慌てた。

「そんなこと言われちゃ、困るわ。私、あなたと工藤さんの仲介を引き受けたのよ。それじゃあ、私の立場がなくなるじゃない」

私はつい声を荒げて言ってしまった。

 大村は、私のそんな態度に驚いたようだった。唖然としている大村を残して、私はあわただしく喫茶店を出た。

「冗談じゃない。手紙を突き返されては、私の立つ瀬がないじゃない」と、私は口の中でぶつぶつ言いながら、足早に、会社に戻った。会社に戻ると、すぐに幹江が私の所に寄って来た。

「どうだった?」と不安げに聞く、幹江を見て、とてもじゃないけれど、大村が手紙を読みたくないと言ったことを、伝える勇気は出てこなかった。

「う~ん。どうかな。ともかく手紙を渡しておいたから、そのうち彼から何か言ってくると思うわよ」

「そう。ありがとう」

 私はその日の午後の仕事は思うようにはかどらなかった。それと言うのも、大村の煮え切らない態度が腹立だしかったからだ。大村は時折、ちらちらと私の方を見ているのを感じられたが、無視することにした。

 それから2日。大村にも幹江にも変化が見られなかった。しかし、3日たった朝、私が出勤すると、幹江が、すぐ私のところにとんで来て、

「白川さん。ひどい」となじると、小走りで去った。

 私は狐につままれた感じだったが、大村との間に何かあったのだろうと、想像できた。それも良くない結果になったようだ。

 私はつかつかと大村の所に行った。

「大村さん。話があるんだけれど」と言うと彼も

「僕も君に話がある。会社が終わったら、また向かいの喫茶店で会ってくれないか」と言う。

「いいわ。じゃあ、またあとで」

一日中浮かない顔をしている幹江を見て、私は何とかしてあげなくてはという気持ちになっていた。

著作権所有者:久保田満里子

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