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私のソウルメイト(3)

それは彼女の息子のフランクが17歳のときのことだったと思うが、
「フランクの部屋を開けたら、ベッドにフランクとあどけない顔をした女の子が寝ているのよ。びっくりしちゃって、その女の子に何歳かって聞いたら17歳だというの。ご両親はうちに泊まっているのを知っているの?って聞くと、両手で布団を押さえながら顔だけ出して、こっくりうなずくので、またドアを閉めて知らない顔をしたわ。その後でフランクに随分文句言われたわ。ドアを開けるときぐらいノックしろって」
「ええっ!それで、あんたお説教しなかったの?」
「お説教する?どうして?」
「だって、フランク、まだ高校生じゃない。」
「まあ、血の気の多い若者が、双方合意の上で寝るんだから、私がとやかく言うことないじゃない。勿論相手が16歳未満だったら、それこそ法律に触れることになるから、私だってお説教はしたと思うけど」
私は返事につまってしまった。もっと驚いたのは、フランクがガールフレンドのうちに泊まりに行くと出かけた後、京子はフランクがコンドームを忘れて行ったのに気がついて、届けてやったと言う話を聞いたときだ。
私が「最近の女の子は皆避妊用ピルを飲んでるから、妊娠の心配なんかすることないのに」と言うと、「私は妊娠の心配なんかしていないわ。エイズの心配をしているの」と言う答えがもどってきた。彼女のリベラルな考えについていけないものを感じるとともに、彼女のおおらかさが羨ましくもあった。
 幸いなことに、ダイアナもエミリーも、フランクほど派手な異性関係がなかったが、今度はいつも二人がべったりしているのを見ると、ダイアナとエミリーはレスビアンなのではないかと心配し始めるのだから、親心とは複雑なものである。
 ダイアナが小学校の時は送り迎えで忙しかった私も、ダイアナが中学校に行くようになって学校の送り迎えをしなくてもよくなり暇ができた時、猛烈に仕事がしたくなった。仕事で出張に行くことの多いアーロンは私が通訳の仕事をしたいと言った時は猛反対した。
「僕の給料で十分足りるじゃないか」と言うのが彼の言い分だったが、
「お金の問題じゃなくて、私にも何かできるって言う自信をもちたいの」
結局、アーロンの反対を押し切って、翻訳会社の日本語の社員募集の広告を見て、応募した。その結果はみごとに不採用。結局、翻訳者、通訳士としての国家試験を受けたことがなかったので、翻訳者、通訳士として認められなかったからだ。それを知って、それからは大学受験以来初めての猛勉強を始めた。試験は何回でも受けられるのだが、一回受けるごとに三千ドルの受験料を取られる。しぶるアーロンを何とかして説得して1回だけ受験することに同意してもらった。受験勉強の間、家事を随分手抜きしたので、アーロンやダイアナから文句が出たが、二人の苦情には耳にふたをして1年間頑張った。そのかいがあって、やっと資格認証がとれたときは、年甲斐もなく飛び上がって喜んだ。
資格を取得してからは、またもや翻訳者、通訳士の募集がないか、新聞に目を通す生活が始まった。そして見つけたのが、サイモン・ベーカーの経営する翻訳会社のパートの仕事だった。サイモンは、仕事がいっぺんに入って急ぐ時には私に仕事を回してくれた。フルタイムよりはパートのほうが結果的には私には都合がよかった。アーロンもフルタイムでないならと反対をしなかったし、ダイアナの学校の休暇のときは私も仕事を減らしてダイアナと一緒にすごすことができたからだ。
 通訳の仕事は、翻訳より気を使うことが多く、余り好きではない。会議なんかの通訳を頼まれると、誰が誰に言ったとか、そういうことにまで気を使わなければいけないので、うちに帰ったらぐったりしてしまう。それに地方の訛りの強い人の通訳もくたびれる。日本語を理解するのだけで神経が磨り減ってしまう。翻訳も、本当は大変な作業なのだが、素人の人は簡単にできると思うらしい。オーストラリア人の知り合いから日本語で書かれた論文を手渡され、ボイスレコーダーに大体の意味を英語で吹き込んでくれと言われたときは、驚いてしまった。機械じゃないんだから、そんなに日本語で読んだものがすぐに自動的に口から英語で出てくるはずはない。翻訳も専門用語を知らないため色々な失敗をしでかした。ある大学から頼まれた大学紹介の文には、Vice-chancellorと出てきて、辞書をみると副学長となっていたので、副学長と訳したら、クレームがついてしまった。オーストラリアとイギリスではVice chancellorというのは学長のことだそうだ。辞書に学長の訳として載っているChancellorは名誉学長ともいうべき人で実権はもっていない名誉職なのも後で知った。Arts Facultyというのも曲者だった。Artsと言うからてっきり美術のことと思い『美術学部』と訳したら、『文学部』の間違いではないかと言われたのだ。Artsとartではたった一文字の違いとはいえ随分意味が違うのだと、その時学んだ。
 苦労話ばかりになったが、勿論楽しいこともある。一番の楽しみは、いろんな面白い人と会えることだ。先日はメルボルンカップと言うメルボルン名物の競馬で日本の馬が優勝したとき、日本人のジョッキーがインタビューされたが通訳がいるということで、急にサイモンから通訳を頼まれ、初めてテレビに出た。ともかくこのときは興奮して、アーロンにニュースをDVDに録画してもらった。

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私のソウルメイト (2)

自己紹介
 私の名前は、高橋元子。いや、もと子・ヒッキーと言った方がいいのかもしれない。メルボルンに住んでいる。オーストラリアの人は苗字に関してとても寛大で、旧姓を使っても誰も文句を言わない。だから、仕事上ではで高橋元子、プライベートには、もと子・ヒッキーと両方使っている。

 夫はアーロン•ヒッキーと言うオーストラリア人で、オーストラリアにある日本の企業の子会社に勤めている。結婚して20年。結婚したのは私が25歳のときで、私は今年45歳になる。アーロンは5歳年上の50歳である。アーロンは青い目に金髪だというと素敵な男性を思い浮かべられるかもしれないが、最近は金髪の髪の毛も薄くなりかけてきている。オーストラリアの男性の平均身長が178センチということだが、アーロンは183センチあり、足も長い。そのためよく友達から「お前はバレリーナにむいているよ」とからかわれることがある。

アーロンとの間に子供が一人いる。大学1年生の女の子だ。娘のダイアナは、父親似で背が高くほっそりしており、大きな目に筋の通った鼻をしており、親の私が言うのも変だが、かなりの美人だ。私はというと、40代の日本人としては背が高く160センチある。オーストラリアの女性の平均身長は164センチだろいうことだが、それより少し低いことになる。丸顔で自分では結構愛嬌のある顔だと思うのだが、並の顔だと言えばいいのだろうか。ダイアナの友達は、初めて私に会うと皆一様にびっくりする。「日本人の血が混じっているなんて全然思えない。」と言うのだが、それをよいほうにとってよいものか、悪いほうにとってよいものか、私としてはどう反応したらよいのか分からなくていつも困る。

 アーロンは日本に5年住んでいた。私が大学4年のとき、彼がうちの大学の大学祭に来て、道に迷ってうろうろしていたところを私が声をかけたのだ。その頃英文科の学生だった私は英語には少々自信があったのだ。それから親しくなって結婚した。アーロンは日本語が話せるのは話せるのだが、うちではほとんど英語で通す。私は私で日本語で話す。だから、うちでは日本語と英語が飛び交うので、ダイアナはバイリンガルになった。とはいえ、学校に行く前は私とすごす時間が長かったので日本語のほうが上手だったが、学校に行くようになって友達とすごす時間が長くなるにつれ、日本語の能力が衰え、それに反比例して、英語のほうが得意になってしまった。

 ある日小学2年生になったダイアナが学校から帰ってくると、何だか機嫌が悪く、私と目線を合わせるのを避ける様子がうかがえた。どうしてか問いただしたら、「お母さんがいつもコリングウッドっていってたからコリングウッドって言って皆に笑われたわ。」とぷんぷんしている。ダイアナのこの言葉に、私はプライドをひどく傷つけられた。このことがあってから私は自分の英語能力をアップさせねばと、一念発起。とはいえ、英語学校に通ったわけではなく、もっぱら新聞を材料に音読をしテープに吹き込み、それを聞きなおし、発音のわるいところを直し、分からない単語は調べて、一つ一つの記事を丁寧に読んでいくという方法をとった。語学の達人のある先生に言わせれば、語学上達の秘訣はお金をふんだんに使うことということだったが、私はお金をかけない事に徹した。他にも、ラジオのニュースをテープに吹き込み、シャドーイング、耳から聞いたことをすぐに口に出して言うという、同時通訳の訓練に使われる方法で練習したこともあった。聞きながら話すという二つの作業を同時にやることは大変だったがその成果はあり、今ではオーストラリア生まれかと聞かれることもある。
 
 私はダイアナが小さいときは、専業主婦として家事と育児に励んでいた。ダイアナが保育園に通っていたとき、ダイアナと仲の良かったエイミーのお母さん、京子と親しくなり、今でも大の仲良しである。京子は小柄でやせている。京子はイタリア系オーストラリア人と結婚しているので欧米人を夫に持つ日本女性として、自然共通の話題も多く、親しくなったのだ。京子は夫のロベルトがけちん坊だといつもこぼしている。ロベルトは自営で配管工をしていて稼ぎはいいはずなのに、ぎりぎりの生活費しか渡してくれないというのだ。だから子供が保育園に行っているときからずっと、スーパーでレジのバイトをしている。

 京子は懸賞金、賞品気狂いで、懸賞とつくものはありとあらゆるものに応募している。今まで、テレビ、DVDなどの電化製品から、1週間のゴールドコーストへの夫婦二人での旅行などをあてている。懸賞にあたったら、すぐにうちに電話してきて、自慢たらたらされるのは、私の嫉妬心も手伝って、少しへきへきさせられることもある。京子に比べて私はくじ運がすこぶる悪く、何に応募しても当たったためしがない。オーストラリアではタツロットというくじを買う人が多い。1から45までの好きな数字を6つ選んで、それが全部当たれば10万ドル(1千万円)から2000万ドル(20億円)ばかりの賞金があたるというものだ。もらえる賞金は、毎週何人当選者がいるかで変わってくる。賞金を山分けしなければならないので当選者が多ければ多いほど配当金は少なくなるが、当選者が一人もいないときはそのお金は次の週に持ち越される。だから何週間も当選者がいなかった後に当たれば2000万ドルにもなり得るわけだ。丸い透明な球に入った1から45の数字のついたピンポンボールのような玉が、球が回ることによってかき混ぜられ、管を通して一つずつ落ちてくる。毎週土曜日の夜の8時半にその様子がテレビで中継されるが、以前は私も欠かさずその番組を見ていたものだ。その管から落ちてきたボールに書いてある数字が自分の選んだ数字と合えばいいのだが、これがなかなか当たらない。ある人に言わせれば、タツロットで一等賞をとるより、雷にうたれる確率の方が高いという。私も毎週買っていたが、1年に一回4つくらいの数字が当たって、せいぜい20ドルくらいの賞金しかあたらないので、3年前から買うことをやめた。京子はそのタツロットにも、よく3等賞や4等賞に当たっていた。さずがに1等賞が当たったことはなかったが。だから、私は京子の運のよさをうらやんでいた。

 子供が小さいときは、お互いに都合が悪いときは保育園の送り迎えを協力してやった。今でも週に一回は一緒にお茶を飲んで、無駄話をしている。京子にはエミリーのほかに息子が一人いるのだが、彼女のおおらかとも言える子育ては時々私を唖然とさせる。

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私のソウルメイト(1)

プロローグ
 皆さんは、自分にソウルメイト、運命の人がいると信じるだろうか。ソウルメイトなんているはずがないと言う人は、次のようなことを考えてほしい。あなたの周りに、どうしてあんな素敵な人があんな取りえのない人と結婚したのだろうかとかどう考えても釣り合わない不思議に思えるカップルがいないだろうか。科学的に考えると優性遺伝を子孫に残すためには、優秀な遺伝子を持つ男女に求愛者が集中すると思われるが、実際には、あばたもえくぼで、熱を上げる相手と言うのは、必ずしも理想とする容姿、性格を持つ人ではないのは、皆さんも経験がおありだろう。
有名人の中にもそういったカップルがいるが、まず思いつくのはイギリスのエドワード8世。二度の離婚歴のあるアメリカ人のシンプソン夫人との結婚を猛反対されたエドワード8世は、「自分を支えてくれる愛する人が傍にいなければ、イギリス国王の激務には耐えられない」と王位の座を今のエリザベス女王に譲った話は世紀のロマンスとまで謳われいる。
 有名人ではないが、アメリカではこんな話もある。31歳の女教師が12歳の男子生徒と関係を持ち、16歳未満の少年少女との性行為を禁止する法に触れ、刑務所に送られたという事件があった。こんなことを言うと、皆さんはきっと、男にもてない女教師が、かわいい男の子にちょっかいをだしたくらいにしか思わないだろう。しかし、その女教師というのは美しい魅力的な白人の女性。その相手の生徒と言うのは、見るからに肥満体の大柄な黒人の男の子なのだ。女性のほうはその生徒と関係を持ったときは、結婚していて二人の子持ちだったそうだ。服役中にその生徒との間の子供が生まれ、その子供は生徒の母親に育てられた。彼女は模範囚となり、刑務所から仮釈放されたが、そのときも、会うことを禁じれていた彼と会ってまた妊娠。また刑務所に舞い戻るはめとなり、なんと8年間刑務所に入れられたということだ。刑期を終えた彼女を待っていたのは、その元男子生徒と二人の間にできた二人の子供。20歳ばかりの年齢の差も乗り越え、二人は晴れて結婚したと言う。この女教師は一種の精神病だったと言う精神科医もいるが、それは少しこじつけのように思える。
 またイギリスでは、こんな話があった。
 ジェーン・モリスという作家は、もともとジェームス・モリスという男性だったのだが、30年前に女性に性転換した。そのときには奥さんとの間に5人の子供がいたのだが、女性となったモリス氏は当然のことながら奥さんと離婚。その後、モリス氏は素敵な男性にめぐり合えたのだろうか?そうではなかった。離婚したとはいえ、それは法律上だけのことであって、実際には離婚する前と同じように、奥さんと同じ屋根の下に暮らしていたのだそうだ。ところが最近イギリスでは法律の改正があり、同性のカップルの結婚も認められるようになった。これを機に81歳になったモリス氏は、30年前に離婚をした元妻と再婚したという話である。
 こういったカップルの話を聞くと、彼らはソウルメイトなのだろうと思わずにはいられない。
 この物語は、メルボルンに住む一日本人女性のソウルメイト探しの物語である。

著作権所有者:久保田満里子



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EMR(最終回)

「ブシュラ・ハサン」
 どこかで聞いたことのあるような名前に思えた。どこで、聞いたんだろう。考えていると、ムハマドの心の声で聞いたことを思い出した。「ブシュラ」。ムハマドの想い人も、「ブシュラ」という名前だった。このブシュラ・ハサンと言うのは、ムハマドの想い人だったのだろうか?理沙は無性に確かめたくなった。しかし、入院している身では、調べることも出来ない。
 その晩も見舞いに来たハリーに、理沙は、ブシュラはムハマドの友達だったか調べて欲しいと頼んだ。
「ブシュラって、何者なんだ?」
「ムハマドの恋人だと思うわ。もっともブシュラのほうはムハマドの気持ちを知っていたかどうか分からないけれど」
「ふーん。じゃあ、調べてみるか。時間がかかりそうだけれどね。僕は警察のように捜査能力はないからね」
「お願いします」
 理沙は左手が使えないとはいえ、重傷ではないので、三日で退院することができた。
 退院のことを母親に知らせると、
「それじゃあ、一人で大変でしょ?」と言って、日本から飛んできてくれた。
「来なくても、よかったのに」と言う理沙に、「お父さんが、行って来いってうるさくて仕方なかったのよ」と、苦笑いしながら言った。
「これ、お土産よ」と、理沙の好物のもみじ饅頭をたくさん持ってきてくれ、理沙の顔はほころんだ。その晩、久しぶりに母の手料理の野菜の煮物を食べると、口では来なくってもよかったのにと言いながらも、心の中で、母親に来てもらってよかったとつくづく思った。自分でできることはできるだけ自分でするようにしたが、左手が動かせなかったので、上着を着るには、母の手を借りなければいけなかった。
 退院した後、エイミーが時折顔を見せてくれたが、ハリーも省吾も一度も姿を現さなかったのが、理沙には少し寂しく感じられた。
 もうハリーは自分のことを忘れたのかしらと思い始めた頃、ハリーが理沙のマンションに姿をみせた。理沙はハリーの姿を見ると、自分でも顔がぱっと明るくなるのを感じた。
 理沙の母親がコーヒーを淹れてくれている間に、ハリーはブシュラの母親と会うことができたと顔を綻ばせながら理沙に報告した。
「ブシュラの家の電話番号を見つけることは比較的簡単にできたんだけど、ブシュラの母親に会うのは苦労したよ。僕が電話すると、ジャーナリストはお断りと、僕の話も聞かないで電話を切られたのには参ったよ。マークに取り次いでもらって、やっと昨日の晩会えたよ」
「で、ブシュラはムハマドを知っていたの?」
「そうなんだ。ブシュラのお母さんの話では二人ともイスラム教の教会の青年部に所属していたそうだ。ムハマドは、おとなしい感じの青年だったので、自爆テロを起こしたと聞いても、今でも信じられないと言っていた。あの日はブシュラは普通は仕事のない日だったんだけれど、友達に勤務を交代してくれと頼まれて、急に仕事をすることになって、シティーに行き、あんな事件に巻き込まれてしまった。本当に運が悪かった。たとえ顔見知りといえども、自分の愛娘を殺したムハマドを許す気にはなれないと、お母さんは泣いていたよ。お父さんはムハマドと言う名前を聞くのも腹立たしいと、怒りに燃えていたよ。それと言うのも、事件のあった日にブシュラ宛にムハマドからの手紙が届いたんだそうだ。切手が貼ってなかったから、切手代を払わされたそうだが、ブシュラが亡くなったため気が動転していて一週間その手紙をほったらかしにしていたそうだ。それを後で読んでみたら、ラブレターだったんだから、お父さんとしては、ブシュラを愛していたのなら、どうしてブシュラまで殺すことができたのか納得いかないって、青筋立ててまくしたてていたよ」
「そう」と言うと、理沙は急に黙って物思いに耽った。
「どうしたんだ?急に黙って」
「いえ、ムハマドは、あの時ブシュラも電車に乗っていたことを知っていても、自爆したのかしら。それともやめたかしらと考えたの。いずれにしろムハマドは結局自分の愛する人まで殺してしまったのだと思うと、なんだかやりきれない気がするわ」
「そうだね。犠牲者二百二十二人と言っても、その犠牲者たちは、ある人にとってはかけがえのない人だったことを思えば、何千人と言う人が犠牲になったんだね。そんな犠牲を払って、アルカイダは何を得られたんだろう?ムハマドも何を得たんだろう?人間て馬鹿な動物だとつくづく思うよ」
「本当ね」
 理沙は、心の中で、「確かに馬鹿な人間が多いけれど、あなたなら少しは世の中をよくすることができるんじゃない?EMRを使って、大いにテロリストと戦ってちょうだい。私もあなたとなら一緒に戦いたいわ」と言った。そして、慌ててハリーの耳を見て、ハリーがEMRを使っていないことを確認すると、安心すると同時に、自分の心が読まれていないか気にする自分がなんだかおかしくなって、くすくすと笑った。


著作権所有者:久保田満里子





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