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ハンギングロック:後藤の失踪(4)

「ママが家にいないんなら仕方ないな。それじゃあ、パパが髪を洗ってやるよ」
 薬局に行って、毛じらみの薬をくださいというのは、気恥ずかしかった。特にカウンターにいたのは20代の美人の店員だったから、なお更である。だから、おどおどしながら小声で、「あのう、毛じらみの薬が欲しいんですが」と言うと、美人の店員はありふれた病名を聞いたときのように、表情一つ変えないで
「ああ、毛じらみにはこの薬がいいですよ」とすぐにシャンプーと櫛がセットになった物をカウンターに置いた。
「使い方、もうご存知ですよね」と言うので、
「いいえ」と言うと
「毛じらみは薬用シャンプーで殺すことができるのですが、髪についている卵は一つ一つ髪をすかして取っていかなくてはとれないんですよ。ですから、新聞紙の上で、髪を何度も何度もすいて、卵をとってください。これが、卵をとるための櫛です。きめが細かいので、小さい卵でもとれます。卵をとるのが面倒でしたら、頭を丸坊主にすると言う手もあります」と懇切丁寧に説明してくれた。
これは大変なことになったぞと思ったが、聡子が家にいないのでは自分でやるしかなかった。
 僕は弘の髪を買ってきたシャンプーで洗ってやり、髪を櫛ですくっていったが、卵は無数についており、取れども取れどもきりがない。僕はとうとうかんしゃくを起こして、弘の頭を丸坊主にすることにした。バリカンがないので、はさみを持って弘の髪を切ろうとすると、弘は丸坊主になんかになるのはいやだと言って、泣き出した。逃げ出した弘を追っかけまわしてつかまえて、暴れる弘を押さえつけて髪の毛をはさみで切れるだけ切って短くした時は、僕はもうへとへとになっていた。
 夕方いつものように、弘と祐一を聡子のところに送っていくと、にこやかな顔で玄関まで出た聡子は、弘の頭を見て目をまん丸にした。
「弘の頭、どうしたの?」
事の顛末を話した後、僕は
「君に連絡とろうかと思ったんだけど、ボーイフレンドとお出かけと聞いたもんでね。邪魔しては悪いと思って連絡しなかったのさ」と付け加えると、聡子は悪びれる風もなく
「お気遣い、ありがとう。おかげで今日は私は楽しい一日が送れたわ」と言った。相手はどんな奴なんだと聞こうとして、やめた。子供の前で言い合いになるのはみっともないと自制心が働いたからだ。それに聡子がどんな奴と付き合おうが僕には関係のないことだと思った。
聡子と別れた理由を周りの者が興味津々で聞きたがるのだが、性格の不一致という以外言いようがない。僕は最初聡子の理知的な感じを漂わせる美貌に惹かれた。涼しい眼に筋の通った鼻。そして小さな口は僕の好みにぴったりだった。いわゆる一目ぼれをして結婚したわけだが、結婚一年目にして僕は結婚したことを後悔し始めた。僕が几帳面な性格なのに、聡子は何事に関しても大雑把なのだ。電気をつけたらつけっぱなし、服は脱いだら椅子の上に脱ぎっぱなしで洋服ダンスに吊り下げるなんて事をしない。小さいことでも、それが毎日のこととなると、気になって仕方がない。それでも子供たちが生まれたので、日本にいた時は離婚をするまでにはいたらなかった。離婚をする決心をしたのはオーストラリアに来てからだ。日本では周りに親類縁者がたくさんいて、離婚のりの字でも言おうものなら猛反対されるのが目に見えていた。その点オーストラリアは3組に1組の夫婦が離婚している。だから、日本のように離婚を大層な事件だとは思われなくてすむ。聡子も僕に毎日がみがみ言われて暮らすのはもう真っ平だというので、協議離婚をしたわけだ。

(「そんなに、私は自堕落とは思わないわ。後藤のほうが神経質なんだわ」と聡子は後藤の一方的な言い方に腹がたった。しかし、聡子は離婚を切り出された時はびっくりして落ち込んだが、今は離婚して自由になれ、幸せに思っているのだ。何が幸いするか分からないと思う。)

11月28日
 月曜日に大学に行くと、ドイツ語プログラムのフレデリックに廊下でつかまった。
「啓介、オーストラリア研究評議会の研究費応募の書類は書き上げたか?」と聞く。僕は、研究室の机の上の書類の山の上に応募用紙を積み上げたままになっているのを思い出した。
「いや、まだだけど。僕なんか応募したって研究費もらえるわけないだろ?」
「いや、今年からうちの大学の全教官応募しなければいけないって副学長からメールが回って来ていたのを読まなかったのか?」
「読んだけどさあ、教授連中でも去年うちの大学で研究費をもらうのに成功したのはたったの二人だろ?準教授の僕が提出したって、もらえるわけないじゃないか。時間の無駄だよ」
「いや、時間の無駄でも出せといったら出せ」と学科の研究推進委員になっているフレデリックは食い下がる。
「はいはい、分かりましたよ」
僕はフレデリックの攻撃から逃れるために、しぶしぶ承知した。
「じゃあ、来週の金曜日まで出せよ」とフレデリックは念を押して、やっと僕を解放してくれた。
 研究室の椅子に座ると、研究費の応募用紙が目に入った。「研究テーマ」「研究方法」「オーストラリア社会にこの研究はいかに貢献するか」の項目を見ただけで、頭が痛くなった。
「ええと、まず、何をテーマにすればいいかなあ」
 僕の博士論文は「日本語と英語のアスペクトの比較」という言語学がテーマだったのだが、論文を書くのに8年かかった。8年も毎日アスペクトの研究をしていると、博士論文が出来たころには、もうアスペクトと聞くだけで蕁麻疹ができそうなくらい、うんざりしてしまった。だから、最近は研究テーマを第二言語習得の研究、つまりオーストラリアの学生の日本語の習得の研究に切り替えた。しかし、学生を使えばすぐにデーターが簡単に集まると思ったのだが、その考えは甘かった。人間を対象とした研究には、まず大学の倫理委員会の許可を得なければいけない。許可を得るための書類というのが十数ページにおよぶもので、「研究対象者と利害関係があるか」と言う項目で「自分の教えている学生」と書けば、即座に不許可になってしまう。学生たちは、先生の研究に協力しないと先生に睨まれると心理的に脅迫され、本当はいやでも参加せざるを得なくなるというのが、その理由である。自分の教えていない学生に協力を求めても、余り人数が集まらない。僕はやる気をなくしてしまった。新しい研究のテーマを考えなければいけないのだが、何とか人間を対象としない研究テーマはないものかと、思い始めた。図書館にでも行って、本でも借りて、研究テーマを絞ろうかと思っていると、狩野さんが僕の研究室のドアをノックして入ってきた。手には労働組合のチラシを持っていて、それを僕に見せながら言った。

 

著作権所有者:久保田満里子
 

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ハンギングロック:後藤の失踪(3)

11月27日
 土曜日はいつも聡子との約束で、聡子のうちから子供二人を拾い、土曜校と呼ばれる、日本人の子弟に国語と算数を教える補習校に連れて行かなくてはいかないので、朝8時過ぎにうちをでて子供達を迎えに行った。上の子は弘と言って小学校6年生、下の子は祐一と言って小学校5年生だ。二人とも現地校に行き始めて、英語がめきめき上手になったのに反比例するかのように日本語が下手になっていったので、聡子と相談した結果、土曜校を続けさせることにしたのだ。ところが、二人とも土曜校に行きたがらなくて、いつも土曜日の朝はぐずぐずする。その子供達を急きたてて学校に連れて行くのは一仕事である。
「おい、弘、早くしろ」と靴を履くのに手間取っている弘の背中を押して車に乗せ、補習校に着いた時は学校の回りは、子供達を送ってきた親たちの車でごった返していた。やっと学校から一ブロック離れた所に駐車できるスペースを見つけ駐車して、子供達をそれぞれの教室に送り届けた。すると、校門を出たところで、弘の友達の翔太のママが僕を見つけて、「ああら、後藤さん」といつもの鼻にかかったような声で、話しかけてきた。翔太のママはいつも化粧をばっちりして派手な洋服を着ているので、Tシャツにジーパン姿の多い親たちの中で目立つ。

(「そういえば、翔太のママ、明美さんは後藤に気のあるそぶりをみせていたわ」と聡子は苦笑いをした。)

「やあ、明美さん。お久しぶりですね。今日は今からおでかけですか?」と僕はからかうように言った。
「これからスーパーに買い物に行くだけですわ。後藤さんこそ、最近お目にかからなかったけれど、何してらしたの?」
「僕ですか?仕事ですよ。イチに仕事ニに仕事ですからね」
「まあ、大学の先生って大変なんですねえ」と、明美は同情するように言った。
「いや、お宅のご主人ほどではありませんよ」
明美さんの夫はやり手の商社マンで出張で家を留守にすることが多いらしく、僕は今まで明美さんの夫に会ったことがない。
「今度子供たちと一緒に、どこかピクニックに行きませんこと?」
明美さんが媚びるように言う。
「いいですね。今度家内、いや元家内と話し合って決めてください」と言うと、明美はプット吹き出し、
「聡子さんは元家内なんですか?面白い表現をされるのね」と言う。
「うーん。元女房とか元ワイフとか言ったほうがいいのかなあ」と僕は明美さんのコメントを聞いて、どの表現が一番ぴったり来るか考えて、頭をかしげた。
「まあ、後藤さんは言語学がご専門だそうだから、表現の仕方一つでも気になさるのね」と感心したように言った。
「いえ、それほどでもありませんよ。では、失礼」と僕はこれ以上明美さんにつき合わされると困ると思い、彼女から逃れるように言って、車に戻った。きっと明美さんは夫が不在気味で退屈しているのだろう。バツイチでフリーな僕は、その明美さんのかっこうの遊び相手として狙われているような気がしてならない。
 僕は明美さんの女の媚を秘めたようなねっとりした目から逃れた後、うちに帰ってアパートの部屋に掃除機をかけていると、電話が鳴った。弘の担任の木村先生からだった。
「ああ、木村先生、弘がいつもお世話になっています。弘が何かしでかしたのでしょうか」と言うと、せわしそうな木村の声が返ってきた。
「弘君、髪に毛じらみがたくさんくっついていて、これでは他の子にもうつってしまいますから、迎えに来てください」
「え、毛じらみ?」
「ええ。弘君は職員室に連れてきていますから、すぐに職員室にお迎えお願いしますね。では、2時限目が始まりますから、私は失礼します」と言うと電話がガチャンと切れた。説明が余りにも簡単で、僕は木村先生のぶっきらぼうとも取れる電話にあっけに取られ、電話のプープーと言う切れた音がする受話器をしばらく眺めていた。
 日本で戦後によく子供たちが毛じらみをつけていたのでDDTをまいたなんて話を親から聞いたことがあるが、この文明社会で毛じらみなどというものが存在していたというのは、僕にとって初耳だった。うちの子は毎日シャワーを浴びさせているはずだし、どうしてそんな不潔な物がうちの子の頭に住みついたんだろうと思うと不思議でならない。弘を迎えに行くと、弘は職員室で一人ぽつんと椅子に座って待っていた。先生たちは皆授業にでかけているらしく、事務の内藤さんがいるだけだった。弘は僕を見ると、すぐに「パパ!」と言って飛びついてきた。心細かったのだろう。
「どうしたんだ。ちょっと頭を見せろ」と弘の髪の毛に目を近づけてジーッと見ると、小さい白い粉のようなものがたくさんついている。払い落とそうとして、髪の毛をかき混ぜるようにくしゃくしゃにしても、落ちない。
「この小さい粉のようなものは何なんだ?」と言うと、弘は半泣きになって
「毛じらみの卵なんだって。先生が、薬局に行って毛じらみ退治用のシャンプーを買って、髪を洗えって言っていたよ」
「どこで、こんなものがついたんだ?」
「現地校のクラスで、はやっているんだよ。僕きのう、ジムと遊んだんだけど、ジムは毛じらみがついているっていうので、先生に早退させられたよ」
「何だってそんな奴と遊ぶんだよ。馬鹿!」と言うと、弘は泣き出した。ちょっと言い過ぎたかなと僕は反省して
「まあ、薬局に行って薬を買って、ママのところに帰ろう」と言うと
「ママ、今日はお出かけで夕方まで帰ってこないって言っていたよ」と言う。
「お出かけ?パパにはそんなこと言っていなかったぞ」
「ママね、ボーイフレンドができたんだよ。だから、そのボーイフレンドと出かけたんだよ」
僕は弘の言葉にびっくりして、「なに、ボーイフレンド。けしからん」と思ったが、よく考えたら、聡子はもう離婚した相手で、赤の他人である。聡子にボーイフレンドができようができまいが自分の知ったことではないはずなのに、嫉妬心が湧き起こってくる。これはどうやら聡子を他の男に取られることに対する嫉妬心ではなく、自分より先に相手を見つけたことに対する嫉妬のようである。

(「そういえば、その頃は私はオーストラリア人のスティーブとつきあっていたわね」と聡子はその頃のことを思い出し、ため息をついた。残念ながら、スティーブとの仲は長くは続かなかった。スティーブが話しかけても子供たちは二人とも上目遣いにスティーブを見るだけで、口をきこうともしないものだから、スティーブから、君は好きだけど、子供たちと仲良くやっていく自信がないって言われて、とうとう別れるはめになったのだ。)

著作権所有者:久保田満里子

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ハンギング・ロック:後藤の失踪(2)

会議室から出るとすぐに、香川さんが日本語で言った。
「なによ、せっかく考えたアイデアにけちをつけるなんて」
 香川さんはお冠である。
日本語は、学科の他の人に聞かれたくない話が堂々とできるからこういう時便利だ。
「それじゃあ、今まで通り、翻訳のアルバイトに精を出してお金を稼ぐ以外ありませんな」と僕はさばさばした表情で言った。だって、反対されてどうしようもないものをいつまでもうじうじ言っていたって仕方ない。
「私達、翻訳するために雇われたんじゃないんですからね。まったく、もう」と狩野さんが憤懣やるかたないと言った風に言うと、香川さんが言った。
「翻訳ならまだましよ。私がこの大学に勤め始めたときなんか、教室のカーテンがあまりにもボロボロなんで文句言ったら、それじゃあ、カーテンの生地を買ってあげるから、うちで縫ってきてくださいとマネージャーから言われたわ」
「へえ、そんなこと、あったんですか」と狩野さんは信じられないという顔をした。
香川さんが別れ際に行った。
「明日は大学に来ませんからね。よろしく」
「何かあるんですか?」と狩野さんが興味津々な様子で聞いた。香川さんはまだ独身だからロマンスの花でも咲いたのかと好奇心を燃やしたのだ。
「今度ウイットラム大学で日本語の教師を初めて雇うことになったけれど、日本語が分かる教官がいないので、選考委員になって欲しいって頼まれたのよ」
「それは、ご苦労様です」と僕は言った。
僕と狩野さんは採点の続きが残っていたが、する気になれず、その日はお互いに半分ずつ答案用紙をうちに持ち帰って、うちで担当部分の採点をすることで話がまとまった。

11月26日
 僕と狩野さんは9時半に会う予定だったのだが、狩野さんは9時45分になっても現われない。いつも時間厳守の狩野さんが連絡もなく遅れることは今までなかったことなので、僕は時間がたつに従って不安になってきた。しかし10時を過ぎると、不安が怒りに変わっていった。普段は5分なんてすぐに経ってしまうのだが、待つ身になると1分でも長く感じられる。いらいらしながら何度も腕時計を見るのだが、狩野さんはなかなか姿を見せなかった。10時半になったので家に電話したが、留守番電話が回り始めたので、そのままメッセージを残さず電話を切った。狩野さんは携帯を持ってはいるが、普段はスイッチを入れていない。だから無駄だとは思ったが、ためしに携帯にも電話を入れてみた。だが、案の定、スイッチは切られたままだった。
 狩野さんが大学に現われたのは11時過ぎだった。憔悴しきった顔の狩野さんを見ると僕は怒りよりも心配のほうが先だって、怒鳴りつけようと出かかった言葉を飲み込んだ。
「どうしたんだよ」
息を切らせながら、僕の研究室に現われた狩野さんは、呼吸を整えるのに少し時間がかかった。やっと、息が正常に戻ると、遅れた理由を話し始めた。
「きのう採点するのに午前2時までかかっちゃってね。今朝ちょっと頭がぼけていたんだと思うの。答案用紙を入れたブリーフケースを電車に置き忘れちゃってのよ。ブリーフケースがないと気づいた時は電車はプラットホームを出て行ったところだったのよ。それで、何とか電車に置き忘れたブリーフケースを取り戻そうと、メルボルン中駆け回っていたのよ」
僕は真っ青になった。答案用紙がなくなったら、学生の成績が出せなくなってしまう。
「で、みつかったの?」

焦って聞いた。
「はい、これ」と狩野さんは僕の緊張で引きつった顔の前に答案用紙の入った袋を差し出した。
「近頃自爆テロのことなんかあって、皆神経がぴりぴりしているでしょ?だから、持ち主のいないブリーフケースが座席に置き去りにされているって言うんで大騒ぎになったんだって」
僕はそこまで聞くと、安心して、頬がゆるんだ。
「やれやれ。ともかく答案用紙が無事でよかったな。失くしたら責任問題だよ」
「そうなの。もう答案用紙はうちにもって帰らないことにするわ」と狩野さんもほっとした表情でため息をついた。
 採点は午後3時に終わり、その後は僕が点数を読み上げ、狩野さんがコンピュータに点数を打ち込んでいった。後はコンピューターで合計点を出し、事務官に電子メールで送れば、採点終了である。全ての作業が終わったところで6時になっていた。
僕は家に帰っても誰も待っているわけではないので、狩野を晩御飯に誘ってみようと思い立った。
「明日は週末だし、今晩一緒に晩飯でも喰いに行かない?」
「悪いけど、夕べあんまり寝ていないので、疲れたから今日は早く帰って寝るわ」と言って狩野さんはそそくさと家に帰ってしまった。僕は狩野さんに5回に2回は誘いを断られる。狩野さんは博士論文にも取り掛かっており、僕のように仕事の後は自由な時間をもてるわけではないのが分かっているから、僕は彼女に断られても余り気にしない。彼女と別れた後は、僕はまっすぐ自分の小さなアパートに戻った。離婚して妻と財産を半分ずつに分けた後、毎月二人いる子供の養育手当ても払わなくてはいけないので、お金の余裕はあまりない。僕はその夜飲み仲間の伊藤に声をかけて、うちで一緒にワインを飲んだ。

(「後藤は狩野さんが好きなんだわ。可哀想に、余り相手にされていないようだけど」と、聡子は読みながら苦笑した。)

著作権所有者:久保田満里子

 

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ハンギング・ロックのなぞ:後藤の失踪(1)

11月25日
 狩野さんが笑いながら、僕に学生の珍答を披露してくれた。
「ねえ、『あたかも』を使って短文を作りなさいっていう質問に、こんな答えがあったわ。『冷蔵庫に牛乳があたかもしれない』」
「苦し紛れで作ったんだろうけれど、その学生は促音か促音でないかの区別ができていないんだなあ」
僕もクックックと笑いながら、学生の間違いの解釈をした後、
「そういえば僕のほうにもそれと負けないくらいの珍答があったなあ」と言って、採点を済ませた答案用紙の山をひっくり返して、
「ああ、あった」と一つの答案用紙を抜き出した。
「『どんより』を使って短文を書きなさいっていうのに、『僕はうどんよりそばが好きだ』だってさ」と、読みながら笑った。
狩野さんはおなかを抱えて笑った。笑いが止まるまで3分はかかっただろう。
「でもそれ、確かに『どんより』を使っているわね。それは、丸にしないと可哀想よ」
狩野さんは笑いすぎて目にたまった涙を、手の甲でぬぐいながら言った。
狩野さんは30代半ばで、2年前からこの大学で教えている。最初メルボルンの小学校の日本語教師のアシスタントとしてきたのだが、オーストラリアの生活が性に合ったようで、アシスタントの契約が切れた後、この大学の修士課程に入り、今はそれも終わって博士論文を書きながらこの大学のフルタイムの講師として雇われ、日本語を教えている。僕達はきのうすんだ後期の期末試験の採点をしながら、オーストラリア人の学生の珍答を面白がった。そうでもしなければ、百枚もある答案用紙を機械的に採点していくのは、退屈極まりない。
 僕達が時折笑いながら採点している部屋に、日本語プログラムの責任者の香川直子さんがドアを半分開けて顔を覗けた。
「今から会議があるはずだけど、二人とも来ないの?」
僕は腕時計を見て、
「あ、いけね。もうこんな時間か」と慌てて会議に行くためにペンとメモを持ってすぐに立ち上がったが、狩野さんはうんざりしたような顔をして、「また、会議ですか?どうせ、どうすればお金が儲かるかって、そんなことの話し合いでしょ?最近あんまり楽しいお話ないんですもの」と口をとんがらせて言うと、のろのろ仕方なさそうに立ち上がった。
 メンジーズ大学の日本語教師は狩野さんと香川さん、そして僕の三人だけで、学生200名を教えている。50代の香川さんは日本で日本語教育で有名な大学を卒業してすぐにオーストラリアに来た、日本語教育歴30年のベテラン教師である。
 会議室に行くと、学科長のヘンダーソン教授が、今日も気難しそうな顔をして上座に座っている。ヘンダーソン教授は痩せた背の高い人で頭ははげかかっているが、昔は女学生の胸をときめかせたこともあっただろうなと思わせるきりっとしたいかにもインテリのような顔立ちの60歳のフランス語専門の教授である。そんなヘンダーソン教授は、学部長の決めたことを学科内の者に通達するのが彼の仕事だと思っているようで、自分達の意見も学部長に伝えて欲しいという不満を持っている僕達からは、学部長の忠犬と陰口をたたかれているが、本人は気づいていないようだ。テーブルの周りに座っているのは10人ばかり。その後の学科長の見えないところに10名ばかり座っている。僕達も、学科長には見えないところを選んで腰掛けた。僕達が腰を下ろしたところで、学科長がおもむろに口を開いた。
「では、会議を始めます。今日欠席の報告を受けているのは、ドイツ語のフリードマン博士と中国語のチェン教授からだけですが、他に欠席がいますか?」と言って、テーブルを見回した。そういわれて僕が周りを見回すと、いつも会議をさぼるインドネシア語科のデルコの姿が見当たらなかったが、学科長はそれを無視して言った。
「じゃあ、欠席はそれだけですね。皆さんの手元に先月の議事録があると思いますが、この議事録に何か間違いがありませんか?」
皆黙っている。前回の議事録なんか誰も読んでいないのだ。
「それじゃあ、この議事録に間違いがないことに同意する人」というと、いつものようにスペイン語科のカーラが手を挙げ、
「それを支持する人?」と言うと、フランス語科のモニークが手を挙げた。いつもの儀式である。
「さて、今日の一番の議題は、学科の予算の赤字をどう埋めていけばいいかですが、それぞれのプログラムで話し合ったと思いますから、その話し合いの結果を発表してもらいます」
 中国語から始まって、フランス語ドイツ語イタリア語、インドネシア語、日本語とabc順で、それぞれのプログラムの責任者が頭を振り絞って考えた金儲けの方法を披露する。中国語は中国との貿易に目をつけているビジネスマンを対象にビジネス中国語を教え始めるといっているし、フランス語は大学入試の対策法を週末2日の集中コースで高校生を対象に教えると言う。日本語プログラムの番になって、香川さんは
「夏休みに学生を日本に連れて行って、日本の大学で一ヶ月集中して教えるコースをしようかと思っています。日本でこちらの希望にそって教えると言ってくれる大学もありますから」と答えた。
そうすると、フランス語科のニーナが
「うちも以前学生を連れてフランスに行っていたことあるけど、保険をかけるためには医者を同行させなければいけないとか色んな条件を課せられて莫大なお金がかかるから、割が合わないからやめたわ」と口を挟んだ。ニーナは日本語プログラムを余りよく思っていないようで、日本語プログラムの者が何か言うといつもけちをつける。僕の憶測だが、長い間オーストラリアで一番人気のあったフランス語が20年前に日本語にとって変わられたのだが、ニーナはいまだにそれが悔しくて仕方ないのだろう。最近は日本語よりも中国語の学習者数が伸びてきているから、モニークの攻撃の矢は中国語のほう向けられてきた。

(聡子はここまで読んで、そういえば、後藤は昔ニーナが新聞に日本語のような何年間も勉強してもものにならないような語学を学習するために政府が予算を増やしたのは、税金の無駄遣いであるという趣旨の意見を投書した事で、随分怒っていたことがあったと、思い出した。)

「保険金って馬鹿にならないのよ」とニーナは付け加えた。ニーナに加勢するかのようにドイツ語プログラムのフレデリックが
「以前友人が言っていたけど、野外学習に学生を連れて行ってさ、学生が一人、皆から離れて勝手に金網が張ってある塀を乗り越えようとして、落ちてけがをしたことがあったんだって。そしたら、その学生、医療代を払えといって、引率の教官を訴えたって話だよ。近頃は学生から何で訴えられるか分かったもんじゃない。やめたほうがいいよ」と言う。結局日本語プログラムのアイデアは皆の反対にあい、取り下げることになった。
会議は
「来週の火曜日にフランス語のモニークが、教授法のセミナーをするということだから、皆さん出席してください」と、モニークのセミナーのお知らせで終わった。

著作権所有者:久保田満里子
 

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