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百済の王子(22)

 セーラが 豊璋から軽王子が天皇に即位されたと聞かされたのは、大海人皇子の訪問の翌日、7月14日であった。そして中大兄皇子が、皇太子として立てられたということも知った。
セーラは、舒明天皇の長男の古人大兄皇子が、皇位継承からはずされたと聞いて、これでは紛争が起こるのではないかと憶測したが、その憶測は見事にあたった。古人大兄皇子は、皇極天皇の命に従い、自分は政治にはかかわらないと宣言して吉野に去ってしまっていたのだが、数人の豪族と結託して、武器を密かに集めていたのが発覚して、中大兄皇子の送った討伐隊に殺されてしまった。討伐隊と言っても、わずか40人の部隊だったそうで、古人大兄王子と、王子の息子は殺され、王子の妃や妾は自害してしまったということだった。 豊璋からこのことを聞かされ、「やっぱり」と、セーラは思った。。権力を持つということは命をかけるだけの価値のあることだと思われていた時代だということが、セーラはやっと、理解できるようになっていた。何しろ権力を持つ者は、持たないものを殺生する権利を持っているのだから、生き残るために、権力をもつことが最優先されるわけなのは無理もないことだと納得した。

著作権所有者 久保田満里子

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百済の王子(21)

セーラは、豊璋が呼んでいると下女から伝えられると、豊璋から呼ばれるのを今か今かと待っていたかのように、そそくさと豊璋の部屋に行った。部屋には豊璋一人しかいないものと思っていたら、いつか会ったことのある大海人皇子が一緒にいるのを見て、少し驚いた。
セーラが部屋に入って、下座に座ると、先に声をかけたのは、大海人皇子だった。
「息災にしていたか?」と、言われたが、「息災」などという言葉はセーラには初めて聞く言葉だったので、ぽかんとしてしまった。大海人皇子は、セーラが答えないのを気にも留める風がなく、
「なかなか着物も、似合うではないか」と、セーラの着物姿をじろじろ眺めながら言った。その時、セーラは茶色の麻の着物に、紫色の帯をしていた。帯と言っても、幅5センチくらいの紐と言ったほうが適切なような代物である。
「何かお前の国の面白い話を聞きたくて、豊璋殿にお前を呼んでもらった。そう言えば、お前の国では、王は、どのように決まるのだ」
どうやら、今日本では次の天皇を決めることでもめているのかもしれないと、セーラは察した。 豊璋にも話したことを繰り返して言った。
「私の国の王といえば、今はエリザベス女王です。代々、王家の長男があとを継ぎますが、長男でも、王位を継がない人もいます。たとえば、エリザベス女王の叔父さんは、離婚をしたことのある異国の女性を好きになり、彼女との結婚を皆に反対され、彼女と結婚できないなら、王位はつぎたくないと言って、弟に王位を譲ったのです。その弟と言うのが、今の女王の父君です。つまり、今の女王は、本来なら女王になるはずがなかった方ですが、叔父さんが王位を辞退したために王位をついだのです」
「なに?好きな女のために王位を捨てた男がいるのか、お前の国では」
「そうです」
これには大海人皇子だけでなく、豊璋も信じられないという顔をした。
「王になるためには、人を殺したりだましたりするのが世の常なのに、お前の国には酔狂な男もいるのだなあ。で、今は女王だと言ったが、女王の側近が権力を握っているのであろうな」と言った。
「どんでもない。女王は政治には口をはさみません。権力を与えられるのは、国民に選ばれた首相です。その首相も4年ごとに選ばれ、一生首相で終わる人なんていません」
「首相と言うのを選ぶのは、勿論貴族や豪族たちであろうな」と大海人皇子が続いて聞いた。
「とんでもありません。18歳以上なら、男であれ女であれ、金持ちとか貧乏人とかにかかわりなく誰でもが選べますし、また政治家になりたかったら、誰でも立候補することができます」
「ますます理解不可能な国だな」と大海人皇子がうなった。
それから30分くらい話した後、大海人皇子は、「今日はなかなか面白い話をきかせてもらった。お前はなかなか面白いおなごじゃ」と、言い残して、帰っていった。
大海人皇子といるときは一言も口をはさまなかった豊璋は、セーラと二人きりになると、
「今日は疲れたであろう。そなたも休め」とセーラをねぎらってくれた。
セーラは好奇心を隠し切れず、豊璋に聞いた。
「今、天皇の後継者のことで、もめているのですか?」
「そうらしいな。舒明天皇の第一皇子、古人大兄王子と、皇極天皇の実弟、軽王子の二人の候補者がいるが、皇極天皇もどちらにするか決めかねておいでのようだ」
「古人大兄皇子は、皇極天皇のお子様ではないのですか?」
「私も古人大兄皇子にお会いしたことはないが、古人大兄皇子の母上は、蘇我蝦夷の妹なので、朝廷から蘇我氏の勢力を一掃しようとしている中大兄皇子が、反対されることだろう。それに、皇極天皇にとっては継子になるし、皆軽王子があとを継がれる可能性が高いと思っておるようだ」
「そうですか。大海人皇子は舒明天皇と皇極天皇のお子様ですから、皇極天皇を継がれることは考えられないのですか?」
「それは、ないな。大海人皇子には実の兄上がおいでなのだ。中大兄皇子と言って、なかなかのやり手で、蘇我氏を滅亡させた方だから、いずれは、その方が天皇になられるであろう」
「そうですか?倭国の政治のことが面白くなってきました。私が自分の国のことを話すばかりでなく、私にもこの国のことを教えてください」とセーラが甘えようにねだると
「政治に興味を持つとは。そなたは不思議な女だな」と 豊璋は、まんざら政治好きの女が嫌いなふうもなく、微笑んだ。
 

著作権所有者:久保田満里子

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百済の王子(20)

豊璋は、後に乙巳の変と呼ばれる中大兄皇子の蘇我入鹿殺害事件の3日後に大海人皇子の訪問を受けた。 豊璋は、大海人皇子の到来を家臣が伝えられた時、久しぶりに自然と顔をほころばせた。蘇我氏の滅亡で、後ろ盾を失って、不安に思っていたところに、権力を手中にした中大兄皇子の弟である大海人皇子の訪問は、一抹の不安を取り除いてくれた。
大海人皇子は 豊璋の顔を見ると、いつもの屈託のない笑顔を浮かべて、 豊璋が用意した上座の座布団の上に座った。
「 豊璋殿は、先日蘇我入鹿の最後を見届けられたと聞きましたが、驚かれたことでしょう」と、大海人皇子は 豊璋を慰めるように言った。
「はい。まさか、あんなことが起こるとは予想だにしませんでした。大海人皇子様は事前に知っておいでだったのですか?」
「いや、我も知らなかった。兄上はなかなかの策略家。事前に私に言えば、どこかで秘密がもれると思ったのかも知れぬ」と、笑った。
「そうでしたか。皇極天皇は、譲位されるとうわさで聞きましたが、本当でしょうか?」
「それは、本当だ。母君は、ひどく心を痛められている」
 豊璋は、それを聞くと、蘇我入鹿と皇極天皇は愛人関係だったといううわさはなまじ嘘ではなかったように思えた。
「それでは、どなたがおつぎになるのでしょう」
「さあ、それは、母君が決められることだが、古人大兄皇子か軽皇子であろう」
古人大兄皇子と言うのは、中大兄皇子と大海人皇子の父である舒明天皇と、蘇我馬子の娘の法提郎媛(ほていのいらつめ)の間にできた皇子である。つまり、皇極天皇にとっては、継子になる。一方、軽皇子は皇極天皇の実の弟である。豊璋にとっては、意外な人選だった。
「私はてっきり中大兄皇子がおつぎになるものとばかり思っていましたが…」
「あんな、生臭い事件を起こしたばかりだ。豪族からの反発は強いだろう。兄上が即位されれば、蘇我氏に追従していた豪族達は戦々恐々としてまた反乱でも起こすやもしれぬ。いずれは兄上は天皇となることは間違いないが、ほとぼりが冷めるまで、古人大兄皇子か軽皇子があとをつがれるであろう」
 天皇家の内情をこんなに話してもいいものか、それにしても大海人皇子はあっけらかんとした人だと 豊璋は感心して聞いていた。すると、 豊璋の心のうちを読み取ったように、
「こんなことは、 豊璋殿が、わが国の政権争いには無関係の方だから言うんですよ」と言って笑った。確かに 豊璋には、蘇我氏が滅びた後はこれと言って親しい豪族もおらず、こんな話をする相手がいなかった。だから大海人皇子から聞いた話はどこにも漏れようがなかった。
一通り、乙巳の変の話が終わると、
「そう言えば、 豊璋殿が連れて帰った、あの奇妙な女子はどうしておりますか」と、セーラのことを聞いた。どうやら、大海人皇子の訪問は、豊璋の様子を見に来るだけが目的ではなかったようである。
「あの者は、離れに住まわせて、色々話を聞いております」
「それでは、あの者は、 豊璋殿が妾にされた訳ですか」と、にやにやしながら大海人皇子は聞いた。
「いや。話相手をさせているだけです」
と 豊璋は答えたが、大海人皇子は 豊璋の言葉を信じていないようだった。
「いや、なかなか美人ではありませんか。もしあの場に額田王がいなかったら、私のほうが妾にしたかもしれませんよ」と、半分本心、半分冗談といったふうに言った。そして、
「ところで、あの者の国はどこか、分かりましたか?」
と興味深そうに聞いた。
「それがよく分かりませぬ。しかし、随分百済や倭国と違う国のようです。女の宰相もいると言っていました。もしよければ、ここに呼びましょうか?」
「そうだな。もう一度会ってみるのも悪くないな」と、大海人皇子は快活に言った。

著作権所有者 久保田満里子
 

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百済の王子(19)

セーラは後ろ盾の蘇我蝦夷を失った 豊璋の身が心配になってきた。
「 それでは豊璋様も、中大兄皇子様に危害を加えられそうなのですか?」
「いや。私にまでは危害をくわえはしまい。私を殺せば、それこそ、百済と倭は戦争に陥る。中大兄皇子は頭のい良いお方だ。そこまではなさるまい。これはあくまでも国内での政権争いであろう」
それを聞いてセーラは安心した。
「今日は、何についてお話しましょう?」とセーラが聞くと、
「今日は、オーストラリアの話を聞くために呼んだのではない。そなたも異国の地に一人で投げ出され、心細い思いをしているであろう。今日は同じ異国の地に住むものとして、余の愚痴をきいてもらいたいと思っただけだ」
そう言われて、セーラは嬉しくなった。ここでは心許せる人が一人もいない。本当のことを打ち明けようにも、相手がどんな受け止め方をするかによって命が危ないと一人秘密を抱えたまま、悶々としてセーラに、一人心許せる人ができたような気持ちだった。そうは言っても、自分が21世紀の国から来たと言うことは信じがたいことだろう。まだそんなことは打ち明ける訳にはいかない。
「禅広様は、どうされています?」
「禅広は、宮殿には呼ばれていなかったので、目の前で入鹿殿の最後を見届けたわけではないので、私ほどの衝撃は受けてはいない。しかし大きな後ろ盾を失ったことに、不安に陥っているのは、我と同じだ」
「 豊璋様は、大海人皇子と親しくされているのでしょう?だったら、心配ないのではありませんか?」
「大海人皇子と中大兄皇子は、お二人とも父君は舒明天皇、母君は今の皇極天皇と名門中の名門の方々だが、蘇我入鹿が母君をないがしろにすることに憤りを感じていらしたようだ。この度の暗殺には大海人皇子はかかわっていらっしゃらなかったと言うことだ。これで、中大兄皇子は、倭国の一番の権力者になられ、大海人皇子は兄君の補佐をされるということだ」
「ということは、皇極天皇には、なんの権力もないのですか?」
「女の天皇だ。政に補佐がいるのは当然のことだ」
セーラは 豊璋の男尊女卑の態度に、カチンと来た。
「女だからって、政治ができないということはないでしょ?」
セーラの強い口調に、 豊璋は驚いたようだ。
「女でも政ができるとでも思うのか?女が政に貢献できるのは、神のご信託を受けることくらいだ。それでは、お前の国では、権力を握った女がいるのか?」
セーラは胸を張って答えた。
「ええ、いますよ。オーストラリアでは、ジュリア・ギラードという女性が、この前までは総理大臣、権力のトップでしたよ。それに、エリザベス女王だって女性だし」
「ふうん。それでは、そなたも権力をもとうと思えば持てるというわけか?」
「そうですよ。でも、私は権力なんかちっともほしいと思ったことはありませんけど」
「それは、そちが女人だからであろう。男ならだれでも権力を持ちたいと思うものだ。権力をもたぬ者は、いつ殺されるか分からないからな」
「そんな…」
セーラは 豊璋との話が終わって自室に戻ると、 豊璋との感覚の違いを思い知らされた気がした。この時代は、どうやら人間でも権力のないものは犬猫と同じように、いつ殺されても文句を言えない時代のようだ。生き延びるためには、だれが権力を持っているか見極めることが必要なようだ。

著作権所有者:久保田満里子
 

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